現代造佛所私記No.133「見られている」
今朝、私はだいぶ寝坊をした。「お腹すいたよ」という娘に「冷蔵庫にパンがあるから食べて」と言ったあと、気づけば、また深く眠ってしまっていた。 「ジュージュー」という音で目を覚まし、台所へ行ってみると、娘がパンを焼きながら、...

今朝、私はだいぶ寝坊をした。「お腹すいたよ」という娘に「冷蔵庫にパンがあるから食べて」と言ったあと、気づけば、また深く眠ってしまっていた。 「ジュージュー」という音で目を覚まし、台所へ行ってみると、娘がパンを焼きながら、...
ときどき、小学生の娘が「大好き!」とだけ言うことがある。 それは、私や夫が彼女に何か好ましいことをしたときだけではなく、なんの脈絡もなく、唐突に発せられることが多い。 「お母さん」と呼びかけるような調子であったり、「わた...
午後、Facebookに一つの投稿をアップした。「ことばの種、お預かりします」という、1000日コラムの夏の特別企画である。 これは、誰かがふと思いついた「ひとこと(単語)」をお預かりし、それをもとに私が5つのエッセイを...
短い梅雨を経て、屋根の上を見上げると、野薔薇の新芽が、空に向かってぐいと手を伸ばしている。その若々しい淡い緑の、なんと屈託のないことか。 この野薔薇は、もともと実家の裏庭に咲いていたものだ。母から20cmほどの小さな一枝...
ぼんやりと、両目に焦茶色の楕円形が映っている。 それは、黄土色の平面の真ん中に、ちょこんと居座っていた。 私は胡座をかいて、手のひらを重ねて座っている。折り畳んだ足と手を背骨にぶら下げ、城満寺(徳島県)の住職である田村さ...
「1000日毎日書き続ける」と決意して、128日目。 不思議なことに、100日を過ぎたあたりから、今が何日目かは気にならなくなってきた。 「書く筋力」というものがあるとしたら、きっと少しは鍛えられてきたのかもしれない。 ...
一日の終わり、寝かしつけのひとときは、子どもにとって、ささやかな旅のようなものかもしれません。そんな夜の「おやすみ」までの流れを、もしも寝台列車に見立てたら。今宵は、わが家の「夏の宵発・ぐっすり行き」寝台列車にご案内いた...
「こちら、ほぼ100年前のもので……こういう状態ですけど、貸し出し可能です。」 司書の女性がうやうやしく差し出したのは、3冊の古びた書籍だった。タイトルも擦り切れ、背表紙もぐらついている。 図書館の書庫に保管されているそ...
人里離れた山の麓にたたずむ、仏像工房。ある日届いた真新しい修理報告書。その中の「台座の画像」が、なぜか半分しか写っていなかった。関係者たちは、ミスが起きた30分間をめぐって、慎重に記憶をたどりはじめる。浮かび上がる、わず...
人里離れた山の麓に、静かにたたずむ仏像工房。手作業の温もりと、デジタル文化が共存するその場所に、ある日ひとつの“綻び”が見つかった──真新しい修理報告書の中に、半分だけ消えた台座の画像。 誰が、いつ、どこで、それを見逃し...