人里離れた山の麓に、静かにたたずむ仏像工房。手作業の温もりと、デジタル文化が共存するその場所に、ある日ひとつの“綻び”が見つかった──真新しい修理報告書の中に、半分だけ消えた台座の画像。 誰が、いつ、どこで、それを見逃したのか──? 30分間の行動を、関係者たちは慎重にたどりはじめる。 徐々に姿をあらわす“空白の瞬間”。 だが、誰もまだ「台座が半分になった理由」を語っていない。 ──そのとき事務長が言った。 「もしかしたら、まさに今、"犯人"が現場に戻ってきているかもしれません。」 交錯する視線の間にまに、この場にいない“もうひとり”のスタッフの顔が浮かび上がった。
「でも仏師さんって、パソコンは全く触れんはず……いや違う、だからこそやろか?」
「現場に行ってみましょう。静かに……」
松田さんを先頭に、僕と事務長が後ろに続く形で、壁側の松田さんの机へとそろりそろりと向かった。
高く積み上げられた本とファイルの向こうをそっと覗く。
そこにいたのは──仏師さん。……ではなく、閉じられたノートパソコンの上にいたのは、
「トノコ!」
薄暗い一角に、黄色くぼんやり光るような毛並み。彼女は、目を細めて香箱座りしていた。
「なんや、かわい子ちゃんやいか!」
「事務長さん、まさか……トノちゃんが……そんなことあります?」
「あります。」
事務長さんの推理が始まる。
あの日、松田さんはファイルを開き、自分の名前を見ようとしてスクロールした。でも、目がかすみ、点眼をしようと離席する。
トノコは寒い外でブラッシングをしたばかり、暖かい場所を探したはず。そんな時、彼女は仏師か事務長の膝の上、もしくは起動中のパソコンの上で暖をとる。あの時、トノコの気に入りの場所は、松田さんのパソコンしかなかった。事務長は面談、仏師はトノコに続いてロイロのブラッシングをしていたからだ。
「松田さん、ファイルのスクロールって、どのページで止まったか覚えていませんか?」
「いやぁ…覚えてないわ。でも、高木くんの図面は通り越しちょったと思う…。」
「なるほど、じゃあ、図面の後からスタッフ一覧までの間ですね。もしかしたら、開いていたのはその間にある”25ページ”だったのではないでしょうか?」
僕はごくりと唾を飲み込む。
「時系列に当てはめてみましょう。松田さんが離席した後のノートパソコン、そのキーボードとトラックパッドの上に乗ったであろうトノコ。そこへ、松田さんが入れるフードの音が聞こえてきた。」
「あっ、あの時、すごい反応しよったきね!」
「僕とトノちゃんがニアミスした時の勢いからすると、結構パソコンへ踏み込んだかもしれません……」
「そうだね。例えば、こんなふうに想像できないかな?トノコのキーボードへの着座で、台座の画像が選択された。そして、キャットフードの音に反応して踏み込んだとき、台座が半分フレームアウトしてしまった。そうだとしたら……」
(続く)