「始まった始まった!」
春分の日。家族そろって、居間で興奮している。
日中居間でくつろぐことはほとんどない我が家だが、今日は特別だ。
仕事の手を止めて、吉田仏師がテレビのリモコンを操作している。
「予選を開始します。入場のご準備をお願いします」テレビから女性のアナウンスが流れた。
4分割された画面に、袴姿の男女が静々と登場する様子が映し出されている。
都道府県対抗弓道大会の、Youtubeでライブ配信が始まった。
選手と共に、私たちもいそいそとお菓子を広げスタンバイ。子どもも工作をしながら、画面に目をやる。
「大前の人、いい離れだなぁ」
「的中は振るわなかったけど、引き終わった後の所作が見事だね。素晴らしいね」
「くまもんかわいい!」
「あぁーー!競ってるね!!競射がみたいなぁ!!」
「お、日置流の人がいた」
「みきゃんが袴はいてる!かわいい」
「的中確認中だからね、まだわからないよ」
粛々と進んでいく試合とは反対に、私たちは歓声をあげたり、手に汗握ったり、選手の心境を代弁しあったり忙しい。
各県それぞれの道場のしつらいも興味深く、時折カメラ目線のご当地ゆるキャラが登場するのも和む。
ところで、ここまで読まれたあなたは、こう思わないだろうか?
「弓道って、テレビ(オンライン)観戦するスポーツだっけ?」
弓道経験がある、もしくは弓道に関心がある方には共感していただけるだろうか。
この静かな、ひたすら弓を引いている映像を通して、私たちにとってはこれ以上なく楽しい観戦体験をしているのだ。
吉田仏師と私の出会いのきっかけは、東京都の弓道場だった。
吉田は「仏像と弓道さえあれば」という人で、毎日造仏と鍛錬に明け暮れている。私はしばらく弓からは遠ざかっているが、高校時代に弓道と出会って以来、細長く続けている。娘は、夫にゴム弓を習ったりしている。
吉田は、東京在住時は都の代表として国体(国民スポーツ大会)出場するほどの腕前で、高知に移住した今も、鍛錬は毎日欠かさない。昔のように、試合があるたび出かけるということは無くなったが。
私たちは、自分が経験してきた楽しさを、この選手たちの静かな戦いを通して追体験しているのだ。
観戦の合間にふと、吉田が試合に参加できない寂しさを覗かせていた。
週2回の個人練習では、的中率を順調に伸ばしているようだ。近い将来、再び試合の緊張感や高揚を味わう吉田をみたいと思う。
今年度の大会には、 吉田が知っている選手も出場していたようだ。
選手たちの気持ちの良い射を堪能した吉田は、弓具を持って再び作業場に出かけていった。