現代造佛所私記 No.408「茶室の約束」

さっ、さっ。

白足袋が畳の上を滑る。その小さな音が、薄暗い茶室の空気を微かにふるわす。

引き出しのついた棚の前に座る。「三木町棚」という、素朴でどこか可愛らしくもある、趣ある棚である。蓋置と柄杓は、姉弟子が「入り飾り」と言う形で天板に飾ってあった。そこを約束通りに崩し、点前を進めていく。

茶室の約束。その無限に今日も浴した。

私は、来月のお茶会に向けて、薄茶の稽古をすることになった。何を稽古するかは、師匠と相談して決める。

使わせていただく道具の作者や銘を、水屋でぶつぶつと復唱し、いざ点前座という「舞台」へ。

基本の点前なのに、覚えているはずの手順が抜け落ちてしまう。いらぬ一手を差し込みそうになる。からだは覚えているのに、頭と一致せずにおかしなことになったりもする。

あるいは、前回いただいた注意が、今日はきちんと身体に収まっていたことに、 安堵する場面もあった。

兎にも角にも、今月で炉は終わり、来月からは風炉へ(お茶を沸かす火床のこと。 「炉」は11月から4月の設えで、 畳に正方形に切り込みを入れて設けたもの。風炉はそのポータブル版で、5月から10月の間もちいられる)。

季節とともに、道具も、約束も、移ろっていく。

同じ棚でも、状況によって扱い方が何パターンの広がりを見せる。それが、たまらなく面白い。

稽古の合間、姉弟子がふとこぼす。
「なんでこんなにややこしいことするんやろうね」

兄弟子が微笑んで応じる。
「昔は娯楽がなかったですから」

私も言葉を添える。
「どうすれば無駄がなくて、きれいに見えるか、あれこれ考えたんでしょうね」

無数にも思える点前のかたちを何度も身体に仕込んで、さりげなく、緩急をまといながら展開できるように、稽古する。それは舞台での振る舞いにも通じる、洗練のプロセスだと思う。

全ては、最高の一服のため。一座建立のために。

無限の約束事が、誰かの真剣な遊びの痕跡のように見えた、今季最後の炉の稽古であった。

果てのない点前のその奥行きに、これまでだって何度も魅せられた。 利他自利が交わる小さな部屋の、約束事。道ゆく楽しさを、葉桜の中噛み締めた。