我が家の軒下に、半鐘(はんしょう)が吊られている。
お寺にある鐘の小型版で、うちにあるものは新生児くらいのごく小さなものだ。
「時代劇で江戸に火事が起こった時の音」というと、イメージしやすいかもしれない。
8年前、あるところから仏像を引き上げた際、「これも持っていってください」とお預かりした仏具の中に含まれていた。
ご先祖様が使われていたであろう、経机、持鈴、お鈴などは、現役の風情の中に骨董的な趣があり、あっという間に貰い手がついた。その中で、この半鐘だけ私たちの手元に残ったのだ。
しかし、前の住まいでは半鐘を使う機会がなく、作業場の隅でオブジェと化していた。「どなたかほしいお寺さんがいらしたらお譲りしよう」と思っていたが、結局今の山の住まいに一緒に引っ越すことになった。
吉田仏師の仕事は、朝食前から始まる。食事の用意ができると電話で知らせていた。
ある日、「あの半鐘が役に立つ」と思いついた。
作業場と自宅は徒歩3分ほどの距離。周りは獣以外に住むものはなし。軒下に鐘を吊るし、食事の合図として打つことにした。
「カァーーーーン………カァーーーーン………」
2度打つとご飯ができた合図である。朝餉の匂いと作業場を、鐘の音がまっすぐつなぐ。
今日も工房の朝が始まる。