現代造佛所私記No.118「半分の台座 (3)」

 松田さんは、県庁を定年退職した後に、事務補助として工房で働いている。文化財関連部署にいたこともあるそうだ。

 「パソコン操作だけは県庁で鍛えられた」と自負していて、入力作業が得意だ。でも、最近は目の疲れがひどいらしく、書類はデータではなく紙でお願い、と言われている。それ以外は基本的に、どんな地味な作業もあっけらかんとこなしてくれる、工房の縁の下の力もちだ。

 僕は初めて関わった報告書を手に、胸がいっぱいになっていた。ところが。

 「……あれ?」
パラパラとめくっていた手が25ページで止まった。

「これ……」
最初に声を上げたのは僕だった。修理後の台座の写真が、なぜか半分しか写っていない。何度見ても、台座の上半分がスパッと切れたように白い。腹の底が抜けるような、ヒヤッとするような感覚。嫌な予感だ。

 「あの……この写真、おかしくないですか」
隣にいた松田さんに冊子を開いてみせた。

「え、どういうこと?」

松田さんが慌てて冊子を机に並べた。他のページも確認する。画像の不具合は、幸い1ページだけだった。

 二年前に仏像修復を終え、写真や記録の整理、関係各所への確認や執筆依頼などを経て、ようやく出来上がった。印刷の品質も上々で、紙の手触りも良い。それなのに。

 僕が指差したページの台座の写真は、どう見ても、誰が見てもミスだ。

「…とりあえず元のデータ見てくるき、事務長が来たらゆうちょって」

 松田さんが立ち上がりながら言った。デスクの上に茶トラ猫の「トノコ」がいたらしく、松田さんのトノコごめんねぇ、どいてねぇ、という声が山積みの本と書類の向こうから聞こえた。

 ミーティングを終えた事務長が、僕のところへやってきた。

「やぁ、お疲れさま。お、例の報告書かな」

「あ、はい!あの、それで…」

言いかけた瞬間、報告書の段ボールに黒猫ロイロが入ろうとしているのを目の端に捉え、慌てて蓋をとじた。

「高木くん、通勤大変でしょう。雨の日はバスで来てるんだっけ?」

「はい。本数は少ないですけど、市営バスがちょうどいい時間にあるので助かります」

「車がないと、高知での生活は不便だよね。免許は持ってる?」

「あーまだなんですけど、今度の試験が終わったら、自動車学校へ行くつもりで…ってわぁ!びっくりした。松田さん…どうしたんですか」

 松田さんが、事務長の背後で青ざめていた。 

 「すみません、事務長。これ、元のデータが……おかしいです。私が入稿したがですけど…」 

事務長は、いつもと変わらぬ表情で報告書を手に取った。

僕は、今でもこの日のことが忘れられないでいる。

(続く)