現代造佛所私記No.117「半分の台座(2)」


このお話はフィクションです。私の経験をモデルに描いていますが、登場人物や出来事は創作です。
「どこかの工房の物語」。どうぞお楽しみください。


 僕の主な仕事は、修復した仏像の写真から図面を起こすこと。

オンラインで完結する業務もあるが、他にも週に2回工房へ行って、ちょっとした作業のアシスタントや事務の補助もしている。

 工房のスタッフは、仏師さん、事務長、事務補助の松田さん、僕。そして猫が2匹。

 事務所には、仏師さんはあまり姿を見せない。見かけるのは、おやつの時や猫のブラッシングの時くらいだ。作務衣姿で木の香りと一緒に現れる。僕が知っているのは、無口で甘党で、猫好きということくらいだ。

事務方を取り仕切るのは、事務長だ。彼も無駄話はあまりしないけど、口数の少ない仏師さんと少し雰囲気が違う。よく説明してくださる人だ。おかげで、僕も比較的すんなりと業務に馴染めている。

「高知生まれらしいけど、県外での生活がなごうて(長くて)、いろんな地方の方言がしゃべれるらしい。仏師と事務長は古い友人ながやって」

僕の大学のOGであり、元公務員の松田さんが教えてくれた。

 事務長は、工房の外部との交渉を一手に引き受けているようで、よくチャットやオンラインミーティングをしている。国内外の専門家やお寺の人、個人企業問わず寄せられる相談ごとに応じているようだ。

仏像を作りたい人や、直して欲しい人って、意外といるもんだなぁと驚いた。

 今日は、オンラインの打ち合わせが三件あるとかで、フロアの一角にあるブースから動かない。スクリーンが降りているので、姿は見えないが、時々笑い声も聞こえる。

 その日は、隣県の小さなお寺に向けた報告書が刷り上がる日だった。僕が初めて関わった報告書だ。

報告書は、修理の工程や修理前後の比較、学術的な見解などをまとめた冊子だ。今回は、僕たちスタッフが中心になって作った。途中で何度か事務長や仏師さんのチェックは入ったけれど、基本的には任せてもらえたという実感がある。だからこそ、仕上がりが気になって、なんだかソワソワしてしまう。

「ピンポーン」

作業がひと段落して、そろそろおやつでも……というタイミングで、宅配便が届いた。

一番玄関に近い僕が、小走りで玄関に出た。その場で開梱作業を始めると、工房の黒猫「ロイロ」がやってきて、段ボールに何度も体を擦り付けた。

「ロイも嬉しいんやな」

頬を緩ませながら蓋を開けると、緩衝材の向こうに表紙がチラとのぞいた。ガサガサと詰め物を取り出して姿を現した報告書は、出来立てホヤホヤ。コート加工も手伝って、とりわけ発光して見えた。

「うわぁ〜!来たきた」
台所にいた松田さんがいつの間にか横にきて、歓声をあげて覗き込んだ。

(続く)