このお話はフィクションです。私の経験をモデルに描いていますが、登場人物や出来事は創作です。
「どこかの工房の物語」。どうぞお楽しみください。
「ちょっと変わったバイトがある」
大学三年生になる春休み、ゼミの先生からその概要を聞いたときは、正直なところ警戒していた。
「ゾーブツショ?」仏像を作ったり直したりする、いわば「仏像の総合病院」のようなところらしい。
聞くこと全てが未知の世界。曖昧な想像しかできなかったが、ろくに条件も聞かずに即決した。
研究テーマに「地方創生」を掲げている身としては、その文化の“リアルな現場”に関われるのなら、と飛びついた面もある。
これまで、飲食店やデザイン事務所、生姜やゆずの収穫といった、いろんなバイトの経験をしてきた方だし、何か活かせることはあるだろうと思っていた。それよりも、理屈抜きの直感というか、ただ純粋にワクワクしてしまったのだ。
高知の国立大学で、3回目の春を迎えた僕は、地方の文化に関心があって学んでいる。故郷は開発の進む大阪のベッドタウンで、多分都会の部類に入ると思う。幼少期、父親の一時的な出向で二年ほど高知で暮らしたことがある。地方が気になるのは、それが影響しているのかもしれない。
造佛所のアルバイトを紹介してくれた先生は、「何するかはよく知らないけど、高木君にはきっと合うと思うよ」と、クッキーをつまんでいた。造佛所への信頼なのか、ただ無責任なのか、大人の機微は今の自分には分かりかねる。21歳だけど。
そんな僕がこの春休みから工房に来て、まだ三ヶ月も経っていない。大学の研究室で面接をしてくれた仏師さんと事務長は、僕の何をよしとしてくれたのか、その場で採用してくれた。
こうして、工房での日々が始まった。
最初は春休みだけのアルバイトのつもりだったけれど、新学期が始まってからも週2回ほど通い続けている。今は、大学の期末試験と、その先の大学院受験の準備のために、4月いっぱいでいったん区切りをつける予定だ。
大学から造佛所まで、自転車だと1時間かかる。段々と人家が少なくなっていく山の麓への道は、未来から過去へタイムスリップするようでなんとなく楽しい。
海辺の国道から直角に北へ曲がると一直線。お椀をひっくり返したような山を正面に、上り坂をいく。流石に冬場でも汗ばんだ。
(時代劇で見たやつや…!)
これが、造佛所の玄関で最初に思ったことだ。
息を整えながら初めて足を踏み入れた玄関先で、目に飛び込んできたのは、昔祖母が見ていた時代劇で一度だけ見た「火打石」。令和の時代にも切り火をする人がいたとは…(うわーおばあちゃんに教えたろ)それだけで少し興奮した。
空き家を改装した建物には、玄関を入ってすぐの土間に事務所。渡り廊下のようなものを進んだ先に、仏師の作業場があった。
事務所には、囲炉裏や火鉢もあった。火鉢には鉄瓶がのっていて、シュンシュンと湯気が立っていた。いつもお香がたかれていて、棚にはいくつかの抹茶茶碗、そして小さな木彫りの仏像と仏像のレリーフがあちこちに配されている。
少し昔のごく普通の日本家屋だけど、いつの時代にいるのかわからなくなるような、不思議な印象を受けた。
そこに、最新のモニターや複合機が並ぶ。田舎の片隅の、時代劇に出てくるような小道具が並ぶ空間に、SlackやZoomが立ち上がり国内外とのメッセージが飛び交っている。なんとも心地よい違和感を抱いた。
(続く)