現代造佛所私記 No.411「骨を杖に起きあがる」

小麦粉100g、卵2個、豆乳とサラダ油はほどほどに、お砂糖は小麦粉の七部目くらい。 ボウルでとろりと混ぜ合わせる。

クッキングペーパーをくしゃっと丸めて、蒸篭の内側に敷き込む。

湯気のたつ鍋に蒸篭をのせ、ボウルのとろりを流し込む。 夕方の残務をしながら、蒸篭に蒸しパンを仕込んだ。

間もなく帰宅する娘の胃袋に応えるためだ。 15分ほど経つと、台所に卵と砂糖の甘い香りが漂い始めた。

それにしても、ここ数日の日中の眠気は酷かった。泥のように眠ってしまった午前中を振り返る。

ここのところ、お茶の稽古で薄茶を一、二服、濃茶を一、二服した影響のようだ。 高知でも指折りの菓子匠の主菓子に、上等のお抹茶で行われる稽古では、この味わいも大きな楽しみだ。

吉田仏師も私も、お茶が大好きだ。だが、体質的にカフェインへの感受性が高く、緑茶を一杯いただいただけでも夜が眠れなくなったりする。悲しい性だ。

カフェインは、眠気を促す脳内物質・アデノシンの働きをブロックする。眠れても睡眠が浅くなり、その影響は翌日だけでなく、数日にわたって尾を引く。

そんな私が、午後の稽古でそれだけの抹茶をいただくのだから、稽古の夜だけ眠れないということはなく、その影響は数日続く。

水分を多く摂取しながら、出来るだけ排泄を促しつつ、過ごし方を調整していく。

日本の研究によれば、1日あたり1時間の睡眠不足を解消するのに、4日かかるという。なるほど、腑に落ちる。

思えば、2月のある時期、10時半に就寝する生活を続けたことがあった。たったそれだけのことで、体の状態が目に見えて改善した。あの素晴らしい日々をもう一度、そんな歌を口ずさんでしまった。

今日は電力会社の工事があり、集落全体が午前中停電した。吉田仏師は、キリの良いところで手をとめ、弓の稽古に出かけた。そこで、私も思い切って、停電の間、睡眠をとることにした。

タスクは無限に湧いてくるが、まずは眠気に抗うことをやめた。 明かりもなく、パソコンも使えない。「とりあえず休め」と言われているようなものだ、と言い聞かせて、ブランケットに潜り込んだ。

すると、猫の皓月も「ご相伴に預かります」といった風情で、私の足に前脚をかけて丸くなった。猫のゴロゴロという喉の振動は、副交感神経を静かに優位にするらしい。そのせいか、あっという間に眠りに落ちた。

こういう時に、時々明晰夢を見る。

はっきり目が覚めているようで、「はあ、目が覚めた、洗濯物をしよう」と、廊下や壁のひんやりとした感触を感じながら歩いている。しかし、「あれ?これはまだ夢か」と、一ミリも動いていない体に気づく。体は眠ったまま。意識だけが家の中を漂っていた。

睡眠負債があるとき、脳はREM睡眠を繰り返し確保しようとする。その中で意識だけが覚醒に近い状態になったのが、この「明晰夢」だ。体が動かないのは、脳が脊髄への運動指令をロックしているため。意識はあるのに、体は深く眠っている。

それを、3回ほど繰り返しただろうか。いよいよ体も覚醒し、夢よりもずっしりと重く感じる肉体を骨を杖にゆっくりと起こした。

脳の老廃物は、深い眠りの中で洗い流される。どうやら今日の眠りは、その仕事をきちんと果たしてくれたようだ。

視界がスッキリしている。頑固な下肢のむくみもとれた。

「ピピピピピ」 蒸し時間の終わりを告げるタイマーがなった。竹串を刺して出来上がりを確認していると、窓の向こうに制服姿の娘が見えた。

「ただいま!!」大きく手を振りながら早足になる娘に「おかえりー!」と手を振りかえす。

やさしい甘さの蒸しパンを一緒に頬張りながら、「宿題もうできたよ」と報告を受けた。

「早くお風呂に入る。今日は早寝早起きするの」 テレパシーかと思った。私も、そう思っていたよと話すと、娘はもぐもぐと蒸しパンを頬張りながら、サムズアップした。