コラム執筆は深夜になるので、やや感傷的になりがちだが、今日は150日目ということで小さくてまだ何の形もない、夢を語ってみたい。
高知の山の中に暮らして、五年が過ぎた。
どこへ行くにも、まずは山の一本道を三十分ほどかけて下る生活。何か用事があるたび「山を降りる」覚悟がいる。
この家に引っ越す前、あるお客さまが言った。
「そんなところに住んだら、とんでもなく油くうで!」
つまり、ガソリン代がかかりすぎる、と。
けれど、そのときはもう、仁王像の修理のための移転が決まっていた。迷いはなかった。
実際、ガソリン代は家計にじわじわ効いたけれど、それ以上に、山にこもることにむしろ助けられた時期だった。
まもなく、世界はコロナ禍に包まれた。山の中であまり人と会わずに暮らしながら、私は工房の「外」とつながるために、PRの扉を開いた。
最初はただ、「この素晴らしい世界を、必要としている誰かに届けたい」という一心だった。ペルソナも、マーケティングも、知らなかった。けれど、ただの衝動のようなその願いが、少しずつかたちになり、遠くにいる人の心へ届きはじめた。
県外に出ることすらためらわれていた頃、国内どころか、なぜか海の向こうからの問いかけが届くようになった。
愛染明王の修理依頼、作品へのコメント、展示会への誘い。
やがて短期のアプレンティスシップの相談、ドイツのインターン志望、
そして最近は、ヨーロッパ在住の家具職人からメールが届いた。
仏像とは専門が異なることを重々承知のうえで、「木を彫ること」への真摯な思いと、日本の木彫家への深い敬意が、その行間から静かに、しかし確かに伝わってきた。
その数日前、たまたま雅楽の稽古仲間のJさんから、高知の家具職人の話を聞いていた。思いがけず、点と点がつながったような感覚があった。
早速、職人さんのHPを拝見した。土地に根ざした暮らしの中で、丁寧に木と向き合っていることが伝わってきた。
技術だけでなく、哲学のある手仕事。もしかしたら、この青年にとっての居場所になるかもしれない——そう思った。
Jさんを通じて、打診をした。ご縁がご縁を呼んで、今はまた異なる職人さんに繋がろうとしている。
この5年の経過を振り返ってみて、1000日コラムの150回目の節目に、私はある夢を語りたくなった。
高知は、少子高齢化の最前線。
社会課題のデパートのようだと、半ば自嘲気味に言われることもある。けれど、森林率は日本一。
木に携わる職人たちが、目立たなくとも、確かにこの土地に根を下ろしている。哲学と信念をもって、静かに、確かに木と向き合っている若者たちがいる。
もしもこの高知に、世界中の木彫家や家具職人が、滞在やインターンを通じて集い、技術だけでなく、土地の音や香りや思想を共有できたら。
仏像彫刻というひとつの入口から始まったMariekeのインターン。彼女が感動した日本の茶道、弓道、職人たちとの対話。5月のその時間の余韻が、いまもまだ心の奥に残っているのだ。
その続きを、私は夢見ているのかもしれない。
伝えることは、夢を耕すこと。
まだ目に見えない芽が、静かに、ゆっくりと、でもたしかに根を張り始めているように思う。
そしていつか、この山の奥から、その花が開く日がくるのかもしれない。


