和邇部の用光といふ楽人ありけり。土佐の御船遊びに下りて、上りけるに、安芸国なにがしの泊にて、海賊押し寄せたりけり。十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事
楽人である和邇部用光(わにべの もちみつ)は、土佐の御船遊びに招かれ下っておりました。無事演奏を終え京への帰路についた用光は、ある港に停泊していました。その船を海賊が襲います。
武器もなく手には篳篥だけ。死を覚悟した用光は、
篳篥の、『小調子』といふ曲、吹きて聞かせ申さん。『さることこそ、ありしか』と、のちの物語にもし給へ
「この世との別れに、篳篥で『小調子』という曲を吹かせてください。『そんなこともあったなあ』と語り草にでもしてください」と海賊に言います。
海賊の首領が部下らを鎮め耳を澄ませました。用光は、最期を覚悟し涙を流しつつ、すばらしく澄んだ清らかな曲を吹きました。
するとどうでしょう。
海賊、静まりて、いふことなし。よくよく聞きて、曲終りて、先の声にて、「君が船に心をかけて、寄せたりつれども、曲の声に涙落ちて、かたさりぬ」とて、漕ぎ去りぬ。
海賊の首領は「素晴らしい演奏に涙が落ちて、悪い気持ちが去りました」と言って、去っていきました。
高知には、「土佐の宮島」と呼ばれる聖地があります。
海から入るように作られた参道、海に向かって建つ社殿。
高知県須崎市浦ノ内に鎮座される鳴無(おとなし)神社です。
今月行われる志那禰祭(しなねまつり)は、759年から始まった「土佐三大祭」の1つに数えられる有名なお祭りで、昔はそれはそれは賑々しい華やかなお祭りだったそうです。
全国的にも名高いお祭りで、和邇部用光など有名な楽人が下向し、奉納演奏をされたと言います。冒頭の十訓抄の物語は、このお祭りの帰りのお話。
その華やかな管絃祭も、残念ながら数百年前に廃れてしまいました。
しかし、その雅楽の祭りをもう一度復活させようと尽力された方がいました。
高知出身の雅楽奏者・梅田恵さんです。
何年も前から、この管絃祭復活に向けて、高知で地道に雅楽の普及に努めていらっしゃいました。そのご苦労は大変なものがおありだったと思いますが、ついに今年8月24日・25日に管絃祭が復活します。おめでとうございます!
県外から素晴らしい演奏家の皆様がお越しになります。私も龍笛を携え、末席に加わる予定です。
ご都合の合う方、ぜひ8月24日・25日は高知県須崎市・鳴無神社にいらしてください。
8/24(木)しなね祭(宵宮)
18:00頃より神事・祝詞奏上 雅楽奉納演奏
8/25(金)しなね祭(本祭)
13:00頃より御神行・御船遊
※状況により、若干時間が変更になる場合もございます。荒天中止。
トップ画像は、まきでら長谷寺書院にて。撮影:田村紀子さん