令和七年六月一日、日曜日。
よしだ造佛所は、九年目の節目を迎えた。
八年目の最終日は、ドイツからのインターン生Mariekeの見送り、夜にはPRクライアントとのZoomミーティングで幕を閉じた。ちょうど一年前には、想像もしなかった光景だ。
一方で、変わらぬ朝がある。
吉田仏師と朔日詣りへと向かい、神前にて手を合わせ、これまでの無事を感謝し、これからの歩みをそっと願う。
拝殿の静けさに、龍笛の音がひと筋立ち上る。五常楽急。
拝殿に吹き込んだ風が、笛の音色に溶けて寄り添うように通り抜けていく。——笛を吹けば風が起こる。いや、笛を吹く時に風に気づくのかもしれない。
これは、工房立ち上げの時から毎月繰り返してきた、いつものこと。
家に戻れば、またキーボードに向かう日々。このPCも造佛所と同じ九歳。動画編集は老体には堪えるらしい。息切れされながらも、今日の仕事をなんとか3時間遅れで目処をつけた。
ふりかえれば、八年目は実りの多い一年だった。
まきでら長谷寺(高知県香南市)の仁王像修理、童学寺(徳島県名西郡)の光背と台座——。時間をかけた大きな仕事が、ようやく形になった。
講演の機会も広がり、言葉と写真で伝える場が与えられた。仏像工房の裏側の話は楽しんでいただけるようで、来年1月まで講演の予定が入っている。
雅楽では、大きな舞台に立ち、PR事業も本格始動。文化の現場に寄り添い、光を当てる手応えを感じた。海外からインターンを迎え入れ、一部業務を委託して体制を整え、そして1000日コラムという日々の営みを、言葉で刻み続けた。
昨年11月には、国の文化財レスキューの一環で、能登半島地震で被災した仏像の応急処置で現地に滞在して処置にあたった。
だんだんと、山奥のこの工房に、ひとり、またひとりと訪ねてくださる方が増えてきた。それがどれほど希有なことか。ふとした瞬間、胸に手を当て、恐れ多くなるような思いがこみ上げる。
人との関係につなげて思い出したのが、今夜、懇意にしているお坊さんから、ひとこと電話が入ったことだ。
「今、仏像のテレビ、見てますか?」
「見てます」と答えると、「ほならええです」と、すっと切れた。
きっと、「これは吉田さんに知らせねば」と思ってくださったのだろう。その気安さが、たまらなくあたたかい。
先日、ドイツ人のMariekeのためにと、工房や農園を案内くださった会社の社長さんは、なんと自ら車を出し、丁寧にご案内くださった。このご厚意に、どのようにお返しすればよいのかと立ちすくむ——でもきっと、より良い仕事で社会に応えること。それが巡り巡って、報いることになるのだろうと思う。
九年目は、いよいよ山場を迎えるPR案件に取り組みつつ、文化財保存修復学会での初めての発表も控えている。慌ただしくとも、地に足のついた日々を。
目の前の一つひとつを、丁寧に、削り出したり、編み上げたりしながら、創造する喜びを噛み締めていきたい。
季節は巡り、今日もまた、新しい扉がひらかれる。
その一日目を、静かに、そして確かに迎えた。
この日々を綴るコラムに、目をとめてくださる方々へ——
心よりの感謝をこめて。


