以前お世話になった上司が、ケンブリッジ大学へ留学していた時のことについて、ぽつりと話してくれたことがある。学生たちの優秀さはもちろん、優れたチュートリアルシステムについて、先生方との関係の豊かさについて。
今朝、ケンブリッジ大学の工学部で教鞭を執る飯田史也教授の言葉を読んだとき、その話を思い出した。
飯田教授によると、ケンブリッジ大学には「学びの7つの掟」がある。その7つのうち、4つがコミュニケーションに関わるものだ。
日本で言うと鎌倉時代から続く、かの学府が守ってきたのは、「知識の量」以上に、「対話の力」、そこから生まれる「コミュニケーションを通じた学び」や「ネットワークの構築」だという。
いわく、どれほど優れた研究も、どれほど高度な技術も、誰かに届き、解釈され、使われて初めて、価値は最大化される。中身と表現は、分離できない——そのために、ケンブリッジの学生生活では、自らの取り組みの価値を表現すること、どんな人とも対話ができる訓練を日常的にしているそうだ。
読みながら、しみじみと腑が落ちるものがあった。私が体験してきたことは、これだったのかもしれない、と。
神社仏閣も、伝統文化も技法も、美しいし、素晴らしい。けれど、それが誰かに届くかということは、別の話だ。時代の波は、本物を音もなく飲み込んで過去のものにしようとする。
PRとは、対象を社会の文脈に翻訳し、表現というレバーを手放さないことだと思っている。引いて、緩めて、また引く。その繰り返しの先に、想像以上の景色が見えてくる。
昨年、あるクライアントさんが、PRを始めてから、あり得ない抜擢の吉報が届き、飛び上がって足をぶつけた、と報告してくれた。
私にも、似たような夜が何度かあった。見慣れない送信者名と、そのメッセージを、何度も読み返した。思いがけないご相談をいただき、現在進行中のプロジェクトもある。
その全てが、ニュースとSNSと、1000日コラムを読んでご連絡くださった。
蒔き続けたその種が、芽を出し、花を咲かせ、香りを放ち、誰かを呼ぶ。
それだけのことを、800年かけて証明し続けている場所が、この世界にある。
7つの掟の最後の言葉を、PRプロデューサーとしても胸に刻んでおきたい。
“Miracles are buried everywhere.”
奇跡はどこにでも埋まっている。

