現代造佛所私記 No.391「」

百畳もある大きな凧が、風をうけて空に昇る。

液晶の中の空に、大きな武将の顔が浮かんでいる。年々大きくなっていったという郷土の凧「土佐凧」は、最大百畳になったという。こんな挑戦をする人たちがいた。

それは文章読むよりずっと、身近で愛おしく、そしてリアルな気配を漂わせていた。

1955年の映像から始まるその特集番組は、地域の映像史として異彩を放っていた。

年に二度、ケーブルテレビの番組審議委員会がある。実際に放送された番組をDVDで試聴し、委員が一人ずつ感想や意見を述べていく。私は四度目だった。

そのDVDの中にあったのが、土佐凧保存同好会の記録映像だ。

江戸時代から続く伝統が、映像の中で丁寧に解説される。「焼き出し」「トバシ」。耳慣れない言葉が次々と現れ、そのたびに画面の中の少年や元少年たちが楽しそうに笑っている。罪のない夢中な姿は、それだけで見る値打ちがあった。

高齢化が進み、継承が難しくなっているとナレーションが穏やかに告げる。それでも、おじさまたちの凧揚げはどうしたって楽しそうで、見ているこちらまで大空を仰ぎ見ているような爽快さがあった。

こういう映像が、地元のケーブルテレビには蓄積されている。

テレビ離れ、価格競争、配信サービスの台頭。加入数は少しずつ減っているらしい。どんなに丁寧に作っても、加入していなければ見てもらえない。駅や市役所のモニターで流れていても、腰を据えて一時間見る人はいない。

それでも、映像はこうして残って、20年、30年、70年先まで届く。

一九五五年の空を、私が今見ているように、今年撮られた凧揚げも、二十年後に誰かの画面で昇るかもしれない。その誰かがこの映像を見て、「焼き出し」という言葉の意味を知るかもしれない。

加入数とは異なる位相にある、偉大な仕事だ。

私の意識も、徐々に変わった。感想を述べる場から、一緒に考える場へ。作り手と見る側という境界が、緩やかに溶けていく。

私は同じ市に住む者として、この町の映像が残り続けることを、心から願っている。