主催の公民館と会場名以外、具体的な個人や団体の名前は出ていなかった。
昨日の雅楽演奏会が、テレビのニュースになった。私の名前や団体名は一切出ていない。実家の家族には、演奏会の知らせだけはしてあったが、都合がつかず来れなかった。だけど、何の気なしにつけていたテレビで、夕方、夜、朝、そしてまた夕方に、何度も演奏会のニュースに触れ、さらには今朝の高知新聞朝刊にも記事が掲載されたので、驚いて新聞を持ってきてくれた。
県内外の友人知人からも、「見たよ」「大成功やったね」「行きたかった」と、連絡が届いた。今回の演奏会を受けて、新たな企画の萌芽もチラリとしている。
NHK高知放送のニュースは、翌朝「おはよう四国」で四国四県に展開され、香川からわざわざお越しくださった方もご覧になり、「素晴らしい内容でいい記念になった」と喜んでくださっていたという。
これほどたくさん報道してくださった理由を、機会があれば、ご担当くださったディレクターさんに伺いたいものだ。だけど、そもそも、この演奏会は、ある地域の、無料の小さなロビーコンサートだ。複数のメディアが取材に来たことはこれまでなかったと、公民館の方から伺った。
「やさしいにほんごで雅楽を」というコンセプトが、うまくはまったのかもしれない。春の連休の話題として、扱いやすかったのかもしれない。
小さなミスもあったが、とにかく皆が笑顔で楽しそうだった。そして、アンケートのお言葉や、SNSなどにお寄せいただいた言葉たちを読み返しながら思った。これはPR戦略の結果だけではない、と。
お客様が雅楽の扉を開いてくださった瞬間があり、伶人たちが心から楽しんでいた時間があり、それを支えた家族がいて、公民館のスタッフさんが出演者を大切にしてくださった場があり。そして、多くの人に届けるために奔走してくれた友人知人がいた。素晴らしい編曲の音源と譜面を、ご提供くださった師匠たちがいた。
メディアの方々も、そんな積み重ねの空気を無意識にでも感じ取ってくださったのではないだろうか。
目に見える表層の下に、豊かに堆積している共感と共鳴が、音もなく発酵している。
それが、一体何に及んでいくのか、今はまだわからない。だけど、ほのかな発酵の香りだけが、漂ってくる。
アイキャッチは、香川の古い友人から届いた、テレビの写真。


