現代造佛所私記 No.373「1歳のお祝いは淡々と」

今月のオンラインミーティングも、いつもと変わらず始まった。

「1000日チャレンジ」を続けるメンバーたちと月に一度、各自の一ヶ月を持ち寄っている。

我が家では、娘が昨日から発熱していた。40度近い熱で、朝から汚れた寝衣を洗い、おかゆを炊き、仕事の段取りも並行しながら、家の中をくるくると動き回る。そんな朝に、ミーティングがあった。

私は、このミーティングの前日のうちに気づきを書き出しておく。五分という持ち時間に収めるため、そして他の人の話に集中するためだ。

そのやりとりも、一年になった。

——一年後にはさぞかし感動の朝を迎えるだろう。
そんなことを、昨年、初日を迎える前夜には思ったものだった。

だが、拍子抜けするほど、特別なことは何もなかった。

ケーキも花も感慨もなく、時間通りに始まり、時間通りに終わった。

途中、猫の皓月が画面の前に飛び乗って、皆に一瞬の笑いをもたらした。それくらいだ。

場が和んで、またすっと戻る。その切り替えの速さも、一年で育ったものだろう。

画面を閉じると、病の娘はすやすやと眠っていた。熱も少し下がり、呼吸も楽そうだった。

話し終えて数時間経った今、「ああ、一年か」と、ひとりで思う。皆が淡々としていること、それがすでに答えなのかもしれない。