「できたのですね!」
デバイスの液晶に、まるで肉声がそのまま立ち上がってくるような文字が並んでいた。
二年お待ちいただいた造像が完成し、開眼法要の段取りを整えるためにご連絡を差し上げると、すぐに返ってきた言葉である。
この方は、数年前にテレビで私たちのことをご覧になった。もともとは仏壇購入時についてきた掛け軸を本尊としてお祀りされていたが、「もっと思いのこもった形を」とお考えになり、人づてに連絡をくださった。ご家族の供養のため、仏像という選択肢を選ばれたのだ。
マスメディアで取り上げられることに、さまざまな見方があることは承知している。けれど高知に来てから、新聞やテレビをきっかけに、私たちは本当に多くのご縁をいただいてきた。
その経験を重ねるうちに、私はPRを学び、2022年からプロデューサーとしての活動を始めた。パブリシティ(報道として取り上げられること)だけがPRではないことを知り、講演、執筆、SNS、学会発表など、地道な活動を続けてきた四年である。
PRが生み出す、新しい選択肢
吉田は仏像修理の業界では有名な会社から独立し、東京で個展を開き、「これから」という時期に、高知の過疎地へ移り住んだ。情勢も知らず、市場調査もせず、自己資金もなく、ツテもないまま飛び込んだ。
海辺の小さな町で、仏師がほぼいないこの四国でやっていけるのだろうかと、乳飲み子を抱え、希望と不安が入り混じったまま、ぼんやりと立ち尽くしていた。
あれから時はすぎ、工房は開業十年目を迎える。
たくさんのご縁に支えられてきた。その中には、「テレビで見て」「新聞で知って」と訪ねてくださった人たちも少なくなかった。
移住当初、「ブッシやなんや、わけのわからん仕事」と面と向かって言われたこともあった私たちの元へ、今では、神社仏閣だけでなく、教育委員会、国の文化財レスキュー事業、海外からの問い合わせ、ドイツからもインターンシップの申し込みが届く。当時の私たちには想像もできなかった未来である。
「知らなかった」から「選べる」へ
その中でも、私が最もPRの力を感じる瞬間がある。
「仏像を作ろうと思ったことがなかった人が、仏像を発願した」——その転換に、立ち会ったときだ。
新聞を読み、テレビを見て、講演を聞いて。あるいは、以前から知ってはいたけれど、家族を見送った時にふと思い出して。そうしてご依頼くださった人たちがいた。
造像は、軽い決断ではない。技術への信頼、精神性への共感、そして相応の予算が必要になる。
それでも、情報に触れてから行動に移されるまでの歩みは、皆不思議なほど早かった。その背中を確かに後押ししていたのが、PRだったのではないかと思う。
造像の時間を、皆、気長に待ってくださる。急かす人は一人もいなかった。プロセスへの理解と共感が、そこにはあった。それも、PRが醸成してくれたものだと実感している。
PRは、可能性を届ける技術
PRは、広告や営業とは異なり、間接的な回路で、ゆっくりと合意が育っていく営みだ。
その過程は、受け手の人生を、確かに深く、豊かにしてくれる。なぜなら、PRは「買ってください」ではなく、「こんな選択肢もありますよ」と可能性を届ける技術だからだ。
仏師をはじめ、伝統技法を担う多くの職人たちは、今も厳しい状況の中にある。けれど、その価値を適切に伝えることができれば、必要としている人に届く。そして、必要な時に、思い出してくれる。PRは、そのための強力な手段になる。
この奥深いテクノロジーの恩恵を、これからも、皆さまと、そして、まだ見ぬ多くの人と分かち合っていけたらと願っている。
こうした現場での経験をもとに、来月、PRの基礎を学ぶ少人数講座「はじめての広報PR講座」を開催します。
香川で活動するPRプロデューサー・丸岡淑子さんとともに、PRの最初の一歩を丁寧にお伝えする時間です。
分野や肩書きを問わず、ご自身の活動や仕事を、きちんと届く形にしたいと感じている方は、よろしければ詳細をご覧ください▶︎「はじめての広報PR講座」


