今日は節分である。
五時過ぎ、帰宅した娘に「まだ明るいうちに追儺をしよう」と声をかけた。 「うーん、寒いよぅ。宿題もあるし……」 そう言いながらも、娘は自分から赤鬼の面を手に取る。私は福の神の面を頭にのせ、二人で手を繋いで作業場までの小道を歩いた。
畑仕事をしていた隣人が、「わ! 鬼や!」とおどけて声を上げ、ポケットから豆を取り出す仕草をする。鬼の面をつけたまま、娘が「ただいま!」と応じた。
福の神の面を少し斜めに被った私を見て、夫が笑う。 「あれ、福の神の顔が二つあるぞ」
豆まきが始まると、娘は「食べていい?」とねだりながら、振りかぶって豆を投げた。その動きは思いのほか鋭く、床に当たった豆が、ぱちんと小気味よく割れる。
見ているうちに、もっと幼かった頃のことが、ふいに重なった。力いっぱい投げようとして、手の中からパラパラ落としていた、あの頃の豆まきである。
存分に豆をまいたあと、娘はぽりぽりと豆をかじり、おやつの時間に入った。ほんの一年前とも違う、その背中と動きに、子の成長が静かに感じられる。
節分は、毎年同じように巡ってくる。けれど豆をまく手も、声も、いつの間にか驚くほど変わっていく。今年の豆まきは、今年の一回きりなのだと、改めて思う。
鬼の面をつけた娘の手は、思ったより大きくなっていた。


