現代造佛所私記 No.274「不動明王 開眼」

「わぁ、いい匂い!」
堂内を満たす香に、娘が胸を大袈裟にそらせ息を呑んだ。衣擦れの音や荷物を運ぶ音が、お堂の静寂に響いては溶けてゆく。

「本当に、良い香り」私も深呼吸しながら、静かに足を踏み入れた。

広々とした香積寺(愛媛県)の大講堂に、午後の光が柔らかく差している。金色の祭壇の前に並んだたくさんの椅子の最前列を、五名で贅沢に独占した。

天蓋の飾りが御仏を荘厳し、多くの仏像のお姿が、日常の雑事を有無を言わさず振り解いてくれる。本日の導師をお勤めになる平野師が、この日に合わせて、室町時代と江戸時代のお軸を二幅かけてくださったとお話しくださった。

中央に座す千手観音菩薩の御前、五大明王と不動明王の間に、開眼を待つ新たな不動明王を吉田仏師が慎重に設置した。今日は、施主のT家の皆様、そして長く待ち望まれた一体の像のための開眼法要だ。

最初にT様からお問い合わせをいただいたのは、二年前の初夏のことだった。その文面に宿る切実さに、胸を打たれたことをはっきり覚えている。

「四人の子どもたちが、この先も力を合わせて生きていけるように」

その願いを「仏像」というかたちに込め、家族という大切な存在を守ろうとする、どこまでもまっすぐな祈りだった。

二年という時間は、長いようで短く、短いようで濃密だった。メールのやりとり、電話での声、ときおり届く近況のお言葉。その一つ一つが、この日への階段だったと感慨深く思う。

御衣木加持には、お子様も含めご家族総出でノミ入れをしてくださった。あの時の暗い堂内で、木の地肌にノミを打ち入れた時の表情を思い出す。今夏、工房まで小旅行にきてくださったご家族の明るい表情とは対照的な、慎重で厳かな面持ちだった。

高知の強い日差しの下、川で遊ぶ子どもたちの笑い声、施主様の笑顔に触れながら、初対面の日から、着実にご家族で一つ一つ乗り越えてこられたものがあるのだと感じずにはいられなかった。

開眼のこの日、子どもたちはそれぞれに行事があり、ご夫婦だけの参列となったが、それもご家族が健やかだからこそ。これぞ吉兆だ。元気に駆け回っておられるのだろうと思うと、自然と頬が緩んだ。

平野師の「ご焼香を」の声を合図に、わたしは龍笛を執った。完璧な音色ではなくとも、ただ一つ「祝意を伝えたい」という気持ちに素直に従い、越天楽を吹いた。音は堂内に広く響いて、焼香の煙と混ざり合った。

儀式が終わり、施主様が弾ける表情でおっしゃった。

「待った甲斐がありました」

この一言の重みを、忘れることはないだろう。2年の歳月を経て、ようやく像と家族の未来の扉が同時に開いた瞬間だった。

法要を終え、ご自宅へ向かった。リビングの一角に、宮大工さんが手がけたヒノキの厨子が凛として佇んでいた。

約束が果たされる今日という日。吉田仏師の手によって像は静かにその内側へ収まった。カヤの甘やかな木肌と、ヒノキの凛と清冽な輪郭が、厨子のなかで見事に調和していた。

「明日から、みんなでご挨拶して学校行くのよ」

奥様の希望と決意を含んだ声を聞きながら、ご夫婦と四人の子どもたちの未来を思った。これから続いていく日々。彼らにつながるすべてのご縁の連なり。そのどれもが、開眼され奉安された今日という日から、より確かな方向へと歩み出すのだろう。

祈りが、形になる時というのは、こんなにも希望に溢れているものなのか。仏像が生まれる工房に暮らしていて、この時ほどその気持ちを新たにすることはない。わたしたちに託してくださった勇気と、信じて待ってくださった忍耐に、心からの感謝をお伝えしたい。

帰り道、赤橙色の夕日が、四国の山々の稜線を濃くしていた。