昨年の晩秋、能登へ赴いた。国の文化財レスキューの一環として、震災で被害を受けた寺院を巡り、仏像の応急処置を施すためである。
訪れた寺はどれも、地震の爪痕を生々しく残していた。廊下の板が抜け落ち、境内の一部が土砂もろとも崩れている。あちこちに張られたブルーシート。水はまだ止まったままだという。
それでも昼時になると、庫裡で手作りの吸い物を用意してくださった。立派な漆塗りの椀に注がれた熱い汁を手にした瞬間、冷えきった体がふうっと緩んだ。湯気がのぼる。その温もりが、胸の奥まで染み入るようだった。
作業は比較的順調に進んだ。目処のついた昼下がり、境内にあるご夫婦が訪ねてこられた。六十代から七十代だろうか。並んだ位牌をひとつひとつ確かめるように見ておられる。
やがて、ある位牌の前で足を止められた。「思いがけず先祖の名を見つけた」と、少し声が弾んでいる。
話を伺うと、ご自宅の公費解体が決まり、最後の姿を見に行った帰り道とのことだった。菩提寺は別にあるため、近所にあるこの寺は初めて訪れたのだという。
女性は時折涙ぐみ、肩を震わせながら「大切に手を入れてきた家なんです」と語られた。その言葉に、私の胸もぎゅうっと締めつけられる。その家には、どれほどの季節が巡り、どれほどの食卓と、家族の時間が積み重なっていたのだろう。
思わず、そっと肩に触れた。そのお辛さに、ただ寄り添うしかできなかった。
ふと、その日処置した仏様のお顔が浮かんだ。「よかったら、一緒にお参りしませんか。奥に、とても大きな仏様がいらっしゃるんですよ」
住職に相談すると、快く「どうぞどうぞ」と応じてくださった。渡り廊下を進んで、奥まった部屋へ。西日が夜の気配をほんのり帯び始めた時間である。薄い光の中に、平安の頃からこの地を見守ってきたという薬師如来がどんと坐しておられた。
ご夫婦とともにその前に立つと、女性はまっすぐに手を合わせた。そして、「今日は来てよかった」。はじめて笑顔を見せてくださった。
帰り道、車から手を振ってくださるご夫婦の姿が、森の向こうに小さくなっていく。姿が見えなくなるまで、私たちも手を振り続けた。
境内の地震の爪痕、吸い物の湯気、如来に照らされたご夫婦の横顔。すべてが、能登の「生きている現実」そのものだった。
あれから一年。あの日出会った人たちはどうされているだろうか。あの日たった数時間ご一緒しただけの関係。だけど、この一年、何度も何度も思い出していた。
あの大きな薬師如来の前で、もたらされたあの幸せなひととき。
きっと今日も、お薬師様は、静かにあのお堂で見守ってくださっているのだろう。


