のと里山空港から最初の寺院へ向かう道中、崩れた道路や、震災後の豪雨の爪痕が、なまなましく残っていた。まだ余震も続いていた。
タクシーの窓から見る景色には、ずっとずっと昔から続く、家族の、地域の暮らしの佇まいがあった。私たちも、高知に住んで、日頃から南海トラフ地震のことを耳にしない日はない。この景色は、私たちの故郷でもある。決して人ごとではない、そう思うとどこまでも神妙な気持ちになった。
夜、宿に戻るたびに、娘とビデオ通話をした。画面の向こうで、娘は元気そうに笑っていた。「学校楽しかったよ」と嬉しそうに報告してくれる。
ただただ、愛おしかった。健気で、いじらしくて。「あともう少し、お互い頑張ろうね」離れていても、同じチームのような気持ちが胸に灯った。
施設の夜、一人には少し広すぎるベッドで、少しだけ涙をこぼしたらしい。施設長さんによると、楽しそうに過ごしてはいたが、やはり本人は寂しいと口にしていたそうだ。「がんばったので、たくさん褒めてあげてください」と電話口でおっしゃっていた。
一週間後、再び高知空港に降り立ったとき、娘の姿だけを探した。人混みの向こうから、娘が私たちめがけて走ってきた。私は両手を広げて、笑顔で娘を受け止めた。ぎゅーっとハグをして、「おかえり」「ただいま」と何度も言い合った。
「一人で寝るのはもう嫌なの。今度はYちゃんも仏像さんを治せるようになって、一緒に能登へ行く」
「うん、一緒に行こう。仏像さん助けに行こう」
そう答えた。娘らしく、素直に両親のそばにいたい気持ちと、チームとして活動してみたいという前向きな気持ちが、とても好ましく思えた。
電動歯ブラシを片付けながら、娘の1週間に思いを馳せる。たった1週間で少し開いてしまった毛先に、娘の一生懸命さや複雑な気持ちが見てとれた。
虫歯もつくらず、しっかり頑張った娘を褒めてやりたい。そして、出発前の数日、就寝前に響いていた電動歯ブラシの小さな音を、私は忘れないと思う。
あの、小さな覚悟の、小さな音。
アイキャッチは、昨年2024年に、仏像応急処置にお伺いした能登のお寺さまの境内。崩れた石灯籠は、今は組み上げられているだろうか。


