音楽と舞で独自の空間を立ち上げるパフォーマンスグループ「あはひ-Awai」。彼女たちの令和8年の新春公演のチラシを、担当させていただいた。
タイトルは「かがみ開き」。
その言葉を聞いたとき、私の胸に最初に浮かんだのは、古代の銅鏡だった。神話の中で重要な役割を果たすあの神鏡。それを、どうしてもモチーフにしたいと思った。
AIで銅鏡の像を生成してみた。プロンプトを変えながら、何十ものイメージを試した。けれど、「これ」というものがない。どれも祈りや祭礼の温度を欠いていた。タイムリミットが迫る中、焦燥の中でラフ案を整えた。
そのラフを見たメンバーの中村香奈子さんが、「家に、人間国宝の作られた鏡があります」とおっしゃった。数時間後、数枚の写真がチャットで送られてきた。
画面越しに見たその鏡は、ひと目で「ああ、これだ」と思わせる風格を備えていた。古来の製法で作られた、くっきりと描かれた花や鳳凰が浮かび上がる、鮮やかでありながらまろやかな佇まい。職人の手に宿る知恵とぬくもりが、底光するような威厳を形作っている。その瞬間、頭の中で全く違うイメージが立ち上がった。
鏡を扉に見立てて、ひらきはじめた瞬間を描こう。構想はいくつも湧いてきた。けれど、削って、削って、削ぎ落としていった。香奈子さんからいただくキーワードに触発されて、さらにイメージが具体化していく。
光が漏れる鏡の向こう側からの予感。周囲に舞う花や蝶は、会場のステンドグラスから得た着想だった。 光の生まれる瞬間と、ガラスのように透きとおる世界を、一枚の紙の中に封じ込める。黒い余白の中に、ただ鏡の光と、舞うものたちだけを残した。
「花は舞い、音めぐりあう」
当初決めていたキャッチコピーとは異なる言葉が、パッと現れた。あはひの皆さんと私が「これ」と思える着地だった。
不思議なことが起きたのは、チラシが刷り上がって数日後のことだった。友人が一冊の本を贈ってくれた。「娘さんに」と添えられていたのは、三笠宮彬子女王殿下の『日本美のこころ』(小学館文庫)。何気なく頁をめくると、そこに、あのチラシのモチーフにした和鏡を作られた山本凰龍さんの名があった。
思わず、息をのんだ。 なんという導きだろう、と思った。送り主にチラシの画像をお送りして、この偶然への驚きと感謝を伝えた。
鏡というものは不思議なものだ。とくに銅鏡は、ただ姿を映すだけのものではない。映し出された像を見つめる者の心に、何かが働きかける。その向こう側に、別の世界があるような予感。神器とされてきた理由が、少しわかる気がした。
私たちは、何かから表現させられているのではないか。このチラシもまた、そうだったように思う。
じっと、チラシを見つめていると、鏡の奥から、誰かに導かれているような気がする。そして、これを手に取る誰かもまた、その扉の前に立つ。そのような瞬間に思いを馳せながら、舞台を祝福したい。
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