現代造佛所私記 No.250「1000分の250」

「今、何してるの?」 「あ、今コラム書いてる」 「コラム後で読ませて。おやすみ!」

温かいお茶を入れ直し、PCに向かう。 夫や娘にとっても、それが日常の風景になった、この挑戦。

1000日コラム執筆チャレンジを始めて、今日で250日を迎えた。

三月に始めたとき、百日先まではなんとなく想像できた。けれど、その先は霧の中だった。

先月のビデオ会議で、メンバーのひとりが言った。「最近、別のコミュニティで1000日チャレンジ始めた人がいるんですよ。インスタとか見てくれてたみたいで」

私たちの挑戦を見て、誰かが動き出している。それぞれのいる別の場所で、1000日チャレンジャーがぽつり、ぽつりと生まれている。私の周りでも。

この挑戦の核となっているのは、月に一度、90分だけ集まる四人。PR塾で学び、今年2月末のEO setouchi のイベントをきっかけにこの挑戦を始めた。

90分の中で近況を話して、刺激を受け取って、また次の一ヶ月へ向かう。たったそれだけのことなのに、会議を終えるたびに心の風通しがよくなる。

誰かの言葉が別の誰かの気づきになって、その気づきがまた誰かを動かしていく。

「1000日チャレンジ、気になってる」「このメンバーは気持ちがいいですね」と、声をかけられることもある。メンバーそれぞれのまわりで、見守ってくださっている人がいて、小さな波が広がっている。

私はずっと自分は三日坊主だと思っていた。だけど、いまは250日続けられた事実が、不思議な自信を育てている。継続は力なり——それを実感できる機会が、人生にどれだけあるだろう。

もしあなたが、何か始めたいと思っているなら。どんなに小さなことでもいい。試しに100日でもいい。その小さなチャレンジで起こったことを、いつかどこかで分かち合えたら嬉しい。

私が250日続けられた要は、「考えるより先に動く」ことだった。役に立つかはわからないけれど、一応書いておく。

突然始まった1000日チャレンジ。250日の時を経て、ゆっくりと弧を描きながら渦を生み始めている。

次の250日は、その螺旋の流れに身を委ねて、また新しい景色を楽しみに歩いていきたい。