現代造佛所私記 No.209「異国の台所から(前編)」

秋空に揺れる尾花を見ながら、心はどこか青葉の季節を思い浮かべていた。

五月の風が心地よい高知に、ドイツの若き木彫家Mariekeがやってきたあの日のこと。よしだ造佛所のインターンとして仏像製作を学ぶために、初めての日本に高知の山奥を選んだ勇気ある選択をした彼女との日々のこと。

三週間、木屑の舞う作業場だけではなく、我が家の食卓でも多くの時間を過ごした。「同じ釜の飯を食べる」という言葉の通り、昼夜の食卓は対話の場となった。英語にドイツ語が混じり、時に身振り手振りを交えながらも、心は不思議と通い合った。

ある日、ハイキングが趣味の彼女を山へ誘った。汗ばんだ額をぬぐいながら登り詰めた頂で、太平洋を見渡す展望台に腰を下ろし、弁当箱を広げた。生姜をきかせた甘辛いナスの照り焼きに、Mariekeは目を輝かせ、「とても美味しい」「これ大好き」と繰り返した。太平洋を眺めつつレシピを熱心に聞き、箸を動かす姿が胸に刻まれている。

そして今朝、スマートフォンに彼女からの久々の便りが届いた。

「Dear Saori, Today I am cooking edamame with ginger aubergine like in the recipe you told me.」

添えられた写真には、木製のまな板に並ぶナス、生姜、ねぎ、そして枝豆のパッケージ。「I often think of you and the great time we had together」という一文に、思わず胸が熱くなった。

滞在中にやっと実現できたハイキングは、その朝急に決まったため、弁当は有り合わせの材料で作ったのだった。 だけど、あのナスの照り焼きを、こうして数ヶ月後にも作ってくれるほどに気に入ってくれたのか。 遠いドイツの雨空の下で、私たちの食卓の記憶が息づいている。(後編へ続く)