現代造佛所私記 No.200「粉塵の中の祈り」

きのう、県外のお寺にて仏像の応急処置を行った。

手拭いを頭に被り、ヘッドライトをつけ、黒い作務衣に黒いパンツで堂内に足を踏み入れる。

薄暗がりの中で、だんだんと衣はほこりに白く染まっていく。何十年、いや百年単位で積もった粉塵の中で、仏像を守る作業が始まった。

かつては絢爛で御仏をしっかり支え荘厳していた台座と光背が、接合する力を失い自然解体されていた。床に並ぶ部材を、ひとつひとつ拾い上げ、形を整えて並べる。

一見、端材のように見える小さなパーツの数々。その部材のほとんどを残してくださったお寺様の判断に、まず敬意を抱く。

手のひらに乗るくらいの小さな三角材でも、仏像を円満なお姿に復すためには大きな手掛かりとなる。応急処置で大切な目的の一つは、これらの部材の散逸を防ぐこと。部材があるのとないのとでは、本格修理にかかる時間も経費も比較にならない。

お寺様から送っていただいた画像で傷み具合を把握していても、現地では予想しない事態が次々に現れる。構造の脆弱性の程度、過去の修理の痕跡。それらを見極めながら、限られた時間で最善を選び取っていく。

今回は、本格修理までの間、仏像として再びお祀りできる状態に整えることも大きな目的だった。応急処置とはいえ、ただ形になればよいというわけではなく、仏様として成立する状態を最大限保ちつつ、本格的に修理を行う人が作業しやすいよう、未来への配慮を残しておく必要がある。

残暑の厳しい中、ご住職は冷たい飲み物やネッククーラー、扇風機をご用意くださった。その心遣いがひととき体を和ませ、作業を支えてくれた。

また、昨年の能登半島での応急処置の経験や、仲間との情報交換、知見の共有が、この地元の現場でも活かせたことは大きな励みとなった。学びはつながり、そして広がっていく。

資金面で本修理が難しい場合も少なくない。けれど現実的な予算の中で段階的に処置を施すことで、傷みの進行を遅らせ、部材の散逸を防ぎ、拝める状態に整えることができる。それは地域やお寺の信仰を守り、次代へとつなぐかけがえのない効用を持つ。

数時間後、再び厨子に仏様をご安置した時、ほこりにまみれた手を合わせると、ひとまずの安堵が胸をよぎった。助手として入った小仏師(娘)が「あれ!仏像さんがにっこり笑ったみたいだよ!」と声を上げて、現場の笑いを誘った。

「一日でここまで…」 処置を終えた仏様を前に、ご住職がぽつりとつぶやかれた声には、ねぎらいと深い祈りが滲んでいた。

守り伝える営み——それは、こうした小さな積み重ねの上にこそ成り立っている。

別れの時、車の窓越しにご住職が三つのお守りを授けてくださった。真新しいお守りから、ほっとされた仏様やご住職のお心が伝わってくるようだった。

(アイキャッチ画像は、作業中のイメージです。実際の仏様、お寺様とは関係ありません)