(画像は、新聞社の取材に答える吉田仏師)
昨日、薫的神社(高知県高知市)で執り行われた麒麟像の神宝奉納祭。
子どもたちが並んで拝殿に立ち、玉串を奉奠する姿を、私は目に焼きつけた。
二年前、今よりもっと小さかった彼らが、小さな手で初めてノミを入れてくれた日が昨日のことのよう。今は私と変わらぬ背丈になって、背筋を伸ばして祭壇に向かう後ろ姿が頼もしい。あの時の彼らの一刀一刀が、確かに今日の開眼へと繋がっているのだと思うと、感慨がこみあげた。
式典は無事お開きとなって、吉田仏師はほっとしていたが、PRプロデューサーの仕事はまだまだこれからだ。
奉納祭の翌日、PRの裏方としてPCやスマートフォンに向かう。TVディレクターさんや、新聞記者さんに補足情報や求められたデータを提供したり、後日取材となったメディアさんに概要をお知らせしたり、今後の取材の手配をしたり。各所へ放送掲載予定を連絡する、関心を寄せてくださった方々ご報告、などなど。
「取材を受けて終わり」ではなく、ここからが本当の広がりの始まりで、その経過と機をじっと窺っている。
昨夜のうちに高知新聞、今朝は読売新聞がネットに記事を載せてくれていた。紙面とネット、両方に並んだ文字を目にすると、ああ、こんなふうに見てくださったんだな、と新鮮な気持ちになる。そして、紙面を通して、この企画の背景にある思いが社会へと届きはじめる気配がしてくる。
読売新聞の記事は誰でも無料で読むことができる。公開期間のうちにぜひ。
https://www.yomiuri.co.jp/local/kochi/news/20250907-OYTNT50072
高知新聞の記事はこちら。登録すると月5本まで無料で閲覧可能。
https://www.kochinews.co.jp/article/detail/905267
9/8(月)テレビ高知夕方のニュース「からふる」でも放送され、こちらではノミ入れ式から製作過程もダイジェストしてくださっている。ネットでも配信されたので、県外の方もどうぞ。
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/kutv/2157659
生(なま)の現場のリアルと、記録としてのリアル。
どちらかだけでも意味はあるけれど、両方があることで物語に命が吹き込まれる気がする。
八十年を超える記憶を託すご神像として、麒麟に魂が吹き込まれた日。
新聞やテレビの報道を通して、歴史の一頁が生まれた日。
世界が平和でありますように。


