「運慶が出たよ!」
夕方、娘が嬉しそうに私のデスクへ駆け込んできた。彼女がいま夢中になっているアニメ『ねこねこ日本史』に、大仏師・運慶が登場したのだという。
画面の中では、平安から鎌倉時代に活躍した康慶や運慶、快慶、運慶の息子・湛慶、さらには院派や円派といった仏師衆たちが、猫の姿で生き生きと描かれていた。子ども向けのアニメにまで登場するという事実に、仏師たちの存在が日本史に刻んだ深い足跡をあらためて思い知らされる。
その時代、仏師は個人事業ではなかった。院派・慶派といった流派をなし、大寺院や貴族、武士の庇護を受けて、数多くの造像事業を担っていた。都から地方へと広がるように、無数の仏像が生まれていった。まさに職能集団としての「仏師」が社会的な力を持った最後の時代だったのだ。
比して現代は、まったく異なる状況にある。明治の廃仏毀釈によって仏像製作は大きな打撃を受け、以降、人口減少や価値観の変化も重なり、新たに仏像を造る機会は年々減っている。信仰のかたちそのものが変わりつつある社会で、「仏師」という言葉は、実は形骸化しているのかもしれない。
大きな工房を守っている方々もいらっしゃるが、多くの仏像製作に携わる職人、あるいは彫刻家は細々と技を継いでいる。弟子入りしたり、学校で技を学んだりする道はあっても、かつてのような隆盛は望めない。だからこそ「仏像を造る仕事しかない」と決め、その道だけを歩んできた吉田にとって、この時代は極めて厳しい。なんと険しい道を選んだことだろう、と改めて思う。けれど本人に言わせれば「それ以外はなかった」というのだから、厳しくてもそうでなくても同じなのだろう。
アニメの画面に登場する猫の仏師たちを娘と一緒に眺めながら、私は思う。かつて仏師たちが武士や貴族に支えられ隆盛した時代と、技を継ぐ道も危うい今。その両極を心に抱えつつ、「現代の仏師はどうあるべきか」「仏師を支える者はどうあるべきか」という問いが、私の奥底で響き続けている。
けれど、こうして子どもがアニメを通して仏師の世界に触れ、「私も仏像をこんなふうに作ってみたい」と目を輝かせる姿に出会うと、この道が未来へと続いていく確かな手応えを、感じずにはいられないのだった。
余談だが、学校の連絡帳の署名欄には、毎日「ねこねこ日本史」のキャラクターを描いて欲しいと言われている。卑弥呼、聖徳太子、聖武天皇、藤原道長…。いつまで続くことやら。


