「あ、それでね、チャトラがいきましたー!」
調整の必要な案件について、ひとしきり話した後、不意に母が明るい声を放った。
そろそろか、と思っていた日が来た。
5月には、ペットシッターを引き受け、じっくり一緒に過ごせたことが大切な思い出になった。
(その時のコラムはこちら▶︎現代造佛所私記 No.64「オペラ座の猫」)
今日、実家の老猫チャトラが、十九歳と六ヶ月の生涯を閉じた。
そのとき彼がいたのは、いつもの場所、つまりテレビの横。家族がいちばん集まるリビングだった。
母が気づいたのは午後二時ごろ。すでに息をひきとっていたという。皆いつもと変わらぬ日常の中で、家族の気配がもっとも近い場所で旅立ったのだと思うと、寂しいけれど不思議な安らぎを覚える。
ちょうど同じ時間、私は自宅で娘の夏休みの宿題を手伝っていた。娘は絵の課題に取り組み、自分と祖母がチャトラを撫でている場面を描いていた。
命が静かに閉じられるその時、その姿が紙の上に残されていたと思うと、深い符合を感じる。
十日ほど前に実家を訪ねたときのチャトラは、水色のカラーをつけ、右目は相変わらずかさぶたで覆われていた。足腰もようようたっていると言った様子であったが、ゆっくりと自力で歩き、キャットフードや水を口にしていた。弱々しくありつつ、「さしみ待ってます」という表情はしゃんとしていておかしかった。
あれが、私たちが見た最後の姿となった。
思い返せば、チャトラは父が保健所から引き取った一匹だった。若い頃はやんちゃで、撫でられるのを好まない気難しさもあったが、姿美しく、立派な長い尻尾は自慢だった。今は亡き祖母が「この尻尾は値打ちがある」と撫でていたのをよく覚えている。
当工房が、実家の納屋を作業場にしていた頃には、夏は涼みに、冬は暖をとりに、吉田仏師のそばにやってきてはくつろいでいた。楽しく、マイペースな猫だった。
三世代にわたる家族の暮らしに寄り添い、共に時を刻んできたチャトラ。その命は静かに幕を閉じたけれど、柔らかな毛並みも、気高い佇まいも、そしてただそこにいてくれた気配も、これからも折にふれて思い出すだろう。
「ただそこにいるだけで尊い命だ」——あの日の言葉を、今日は何度も、胸の中で繰り返している。
母は、いつも以上に明るい声を時折震わせながら、ほんまによう生きたわ、と繰り返した。
チャトラ、たくさんの思い出をありがとう。
チャトラを知っていて下さった皆様にも、心より感謝申し上げます。
合掌


