現代造佛所私記 No.263「電動歯ブラシと背中 (前編)」
ちょうど一年前のこと。本格的な木枯らしが吹き始める直前の一週間、私たちは国の文化財レスキュー事業の一環として、能登半島地震で被災した仏像の応急処置のために能登へ向かうことになっていた。 当時、娘は小学二年生。留守のあいだ...

ちょうど一年前のこと。本格的な木枯らしが吹き始める直前の一週間、私たちは国の文化財レスキュー事業の一環として、能登半島地震で被災した仏像の応急処置のために能登へ向かうことになっていた。 当時、娘は小学二年生。留守のあいだ...
木枯らしが、本格的に吹き始めた。はらはらと紅葉した葉が山道に舞い、思わず車を停めたくなるほど美しかった。明日からは師走並みの気温になる、とラジオの天気予報が賑やかに告げている。 そんな寒さの入り口の日、時間をやりくりして...
(前編はこちら) やがて開演のブザーが鳴り、舞台が始まった。 影アナウンスの場面で、音響スタッフさんがブザーを鳴らすその刹那、フリーアナウンサーの大黒久美子さんの手元がすっと動き、マイクが音源から離された。たった数秒の動...
本番前の舞台袖は、黒光りする機材に囲まれて、どこか硬質な空気が漂っていた。高い天井から吊るされた暗幕が、あちこちで交わされる段取りの声を吸い込んでいる。 その向こうでは、照明の下で舞人や演奏者たちの音が行き交い、稽古の一...
高知県須崎市で催された「包丁式と雅楽の祭典」。今回、私は演奏ではなく、司会という役目を預かった。 舞台袖にいると、暗幕の隙間から煌めく舞台が、まるでフェルメールの絵画のように浮かび上がって見える。光の粒子が音と混ざり合い...
朝、娘と並んでバス停までの道を歩いた。 ここ数日で、山の色づきが一気に進んだように思う。娘は、手編みの赤いマフラーを巻いて、私のポケットに手を突っ込んで歩く。 4年前、彼女がまだ幼稚園生だった頃に、100円ショップで自分...
大学時代、私は学生劇団に所属していた。毎日のように発声と滑舌の練習を重ねた日々だった。 稽古の基礎中の基礎として、私たちは歌舞伎の「外郎売」を繰り返し稽古していた。稽古の前には必ず、各々が一通りなぞる。ときには自分なりの...
生涯大学での「仏像と人の物語」は、今日で6組目を数えた。 クラスが変わると人が変わる。当たり前のことだけど、教室の空気は毎回違う。それぞれにはっきりと個性がある。一方で、同じところで笑いが起こり、似たような場面で目頭を押...
多くの時間を、これから迎えるいくつかの「本番」に向けた段取りに費やした一日だった。 開眼法要、雅楽演奏会のMC、現地での応急処置、それから娘の研究発表。それぞれに、まだ見ぬ人たち、まだ知らない場所が待っている。 やがて訪...
チャパン、チャプ、チャパン、チャプ ゆっくり湯船に浸かり、首元に湯をかけていた。その湯面が立てる音のリズムが、少し意識の深いところに響き始めた。 不意に、幼い日の記憶が立ち上った。 六つくらいの頃、私はよく、今は亡き祖母...