木仏師の彫房四宝

先日、像内納入品に用いる和紙を探しに高知県いの町に行ってきました。

職人さんが楮100%の手漉き和紙を見繕ってくださいました(抄造:尾崎伸安さん、高知産楮100%、未晒し)。

手に取った手漉きの風合いの優しく美しいこと。
しなやかに手に沿う感覚は、自然素材と職人の手仕事ならではのものでしょうか。程よい厚みのムラに親しみも覚えました。施主様の祈りをしっかり受け止めてくれそうな温かさを感じます。

美しい和紙を眺めながら、書家にとって筆と紙、墨、硯が「文房四宝」なら、木仏師にとっての「彫房四宝」とはなんだろうと思わされました。 皆様はなんだと思われますか?

木仏師にとっての四宝とは

職人でない知人・友人に尋ねてみたところ、木・鋸・鑿(のみ)・金槌・釘・ネジなどを挙げてくれました。なるほど、素材、切るもの、削るもの、つなぐもの、ですね。釘やネジを使うイメージがあるのは意外でした(部材は接着剤やホゾで接合します)。

弊所では、この四つをあげたいと思います。

木、鋸 (のこぎり)、彫刻刀、砥石

まずは素材である木。
木地仕上げでは特にその質がお像に影響します。しかし、地元の材木屋さんに訊ねても、銘木市場に行っても、これという彫刻材はなかなか手に入らないのが現状です。御衣木(みそぎ:神仏像を製作するための木材)ともご縁なので、手元にある材を大事に使いながらその時をじっと待っています。また、現在大変貴重な香木を御衣木としてお預かりしています。造仏のご縁をお待ちしています。

次に鋸(のこぎり)。
「木取り」という工程で必須の道具です。丸太を移動する際にチェーンソーを用いることもありますが、無駄なく木を活かすには鋸による手挽きが最適です。

鋸は仏様の大まかな形を作る最初の刃具であり、木取りの作業は造仏への精神を精錬する勘所です。よく切れるものでないと作業時の消耗が激しい上に、時間もかかってしまいます。鋸の目立て(鋸の切れ味を回復させること)は自分ではできませんので、専門の職人さんにお願いしています。参考記事:川越の鋸鍛冶 瀧次郎さん

そして彫刻刀。
中学生の頃初めて仏様を彫るとき、ホームセンターで購入しました。翌年井波に弟子入りして、親方が関西の鍛冶屋さんに何丁か注文してくださいました。そこから現在に至るまで、コツコツと揃えています。

鍛冶屋さんで注文するのは刃先だけなので、彫刻刀の柄は自分で作ります。弟子入りして最初の仕事は柄作りでした。刃物研ぎや柄のすげ方などの基本はこの頃に親方や先輩から学びましたが、今も試行錯誤しながら道具と付き合っています。

刃先は、新品の時ではなく半分くらい減った時が一番使いやすいように思います。お世話になっていた鑿鍛治の職人さんに伺ったのですが、火入の際あえて先端は欠けやすいようにしていて、使っていくうちに良い状態になるよう調整されているそうです。そのため、その鍛冶屋さんの刃物は使い始めはよく研ぎます。彫刻刀によっては1cmほど研ぎ下ろすこともありました。

彫刻刀を製造される職人さんは国内にまだいらっしゃるのですが、長年お世話になっていた鑿鍛冶「小信」さんが廃業された衝撃は大変なものでした。今ある道具は大事に使わせていただきます。

最後に砥石。
仏師の仕事をイメージした時、他の道具に比べて砥石を思い浮かべる人は少ないかもしれません。残念なことに、良い砥石も手に入りにくくなりました。主に、金盤、仕上げ砥石、名倉砥石、人工中砥、天然の仕上げ砥石を使っています。これらの砥石を、鉋・彫刻刀など刃物によって使い分けています。

もちろん、他にも宝といえる道具はたくさんありますが、この四つがあれば仏像は彫れますし、四つの質が仏像の仕上がりにダイレクトに響くと思います。また、この四つは自分で作ることができません。御神木と言われたり、貴重な和鋼製であったり、昔ながらの職人技で作られるものであったり…そういう意味で「四宝」としたいと思います。

仏教寺院および信仰対象としての仏像はなくならないと信じていますが、仏像製作に関わる多くの職人や素材が消えつつある現状、私たちに何ができるんだろう、何をすべきなんだろう、とよく話します。

良い仏像を造るにはこの四宝が必須であり、手の延長として自在に振るうことができる道具の将来を思うと暗澹たる思いがしますが、その度に、私たちにとっては良い御像を造ることだと原点に帰ります。

私たちの使っている道具が将来、願わくば博物館で余生を過ごすのではなく、職人の手で可愛がられている未来を描きたい。

四宝とそこに関わる職人の皆様に感謝と敬意を込めて