火災で焼けた台座・光背の製作開始

5年前の火災と塩田住職との出会い

平成29(2017)年3月に起こった、童学寺(徳島県)の本堂・庫裏火災。

幸い死傷者は出ませんでしたが、本堂は焼失、多くの仏像が失われるという大規模な火災でした。ご本尊である薬師如来様(国指定重要文化財)の光背も失われ、台座は焼け焦げた一部が残されたのみ(詳細はクラウドファンディングページ「童学寺再建プロジェクト」をご覧ください)

わたしたちはその火災が起こった年に四国へ移住し、塩田住職とご家族様とお目にかかる機会がありました。「四国に仏師さんが引っ越してきた」と、ある人がご紹介くださったのです。火災から半年ほど経った頃でしたが、焼け焦げた御像のお姿、更地になった堂宇跡など火事の痕跡が生々しく、大変胸が痛んだことでした。

あれから早5年が経とうとしています。
コロナ禍にあり参詣者は減少傾向ではあるものの、弘法大師様が幼少時に学んだといわれる童学寺を慕って集う人は絶えません。本堂再建にあたっても、多くの方のご寄進により工事が進んでいるところだそうです。その再建事業の一環で、弊所ではご本尊の光背・台座の製作をお任せいただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。

製作仕様と意匠の決定

ご本尊の薬師如来様は、平安時代後期に作られた仏様です。
当初の台座と光背は失われており、今回火災で焼けた台座と光背は、江戸時代に作られたもの(後補)でした。

新造するにあたり最初に考えたのが、火災で消失した江戸時代の意匠にならうか、それとも平安時代当初の意匠に挑戦するか、という点です。

塩田住職のご意見を伺いながら、文化庁の皆様のご助言・ご指導を賜りつつ、メールや電話で検討を重ねました。

構造設計については、ご仏身を安全に据えられる構造・形状となっているか、汚損しない仕上げとなっているか等に配慮しました。

意匠については、今回消失した江戸時代のものは檀信徒様に馴染みがあること、物理的にも安定感があるなどの良い点がありましたが、平安時代当初の他の作例にならいつつ安定をはかったものにすることで、全体の調和と構造的安定がのぞめるほか、多くの皆様にご寄進いただいて新しく作り直す意義もあると考えました。

台座は同時代の作例の資料が豊富に残されており、スムーズにデザインがまとまりました。一方光背は現存するものが少ないということもあり、下絵を描くのに少し時間がかかってしまいました。お待たせして申し訳ございません。文化庁の奥健夫様には、仕様や意匠について私たちが至らない側面からのご考察やご助言を多数賜りました。誠にありがとうございました。

4、5案の候補の中から絞り込み、最終的には塩田住職に選んでいただいて、ようやく着手となりました。このブログで、皆様に作業の様子を適時紹介してまいります。クラウドファンディングでご支援くださった皆様には、塩田住職からメッセージが届いているかと思います。Readyfor内でも御住職が進捗についてご報告くださっております。是非あわせてご覧ください。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。