娘が春休みに入った最初の朝、ゆっくり目が覚めた。
台所に、白いビニル袋がぽんと置いてあった。マジックで「蜩」と書いてある。
中には、肉付きの良い椎茸がゴロゴロと入っていた。
夫が言うには、朝起きたら郵便受けにあったという。
蜩。読めない。そのような屋号も聞いたことがない。誰が、いつ、この山奥まで置いていったのか。
この集落では、名を名乗らず野菜を置いていく者がいる。数日後に「キャベツ食べた?」と問われて、ようやく贈り主がわかる、そういう間柄が普通にある。
夕方、近くのキャンプ場から連絡があり、施設のカフェのドアを開けると、近所のいごっそうさんがコーヒーを飲んでいた。
「椎茸食ぅたかよ」
「あぁ、あれは! どなたかと思っておりました」
「名前かいちょったろ」
「……蛸(たこ)?」
「誰がタコじゃ笑!”ひぐらし”や! その日暮らし、やきな」
カフェの店員さんと三人で笑った。
ひぐらし。その日暮らし。なんと洒脱な名だろう。
笑いが落ち着くと、話はどこへともなく流れていった。この近くで廃村になった集落のこと、川辺に水を飲みに来る春の鹿が、どのようにして角を振り落とすか。
蜩さんは、山のことをよく知っていた。
ひと段落すると、カフェの店員さんが声をかけてくれた。
「これ、吉田さんにと預かっていて。連絡しましょうかって何度も言ったんですけど、遠慮されて……」
そのかたは、高知市内から、この山の奥までわざわざ届けに来てくださったのだという。
袋を開けると、瑞々しい新玉ねぎ、ニラ、小夏がどっさり入っていた。どれも、大事に育てられた土の養分をしっかり蓄えた姿をしていた。
両手にずっしり野菜を下げた私に、店員さんが、最後に茶封筒を手渡してくださった。「吉田沙織様」お心の滲む文字に打たれる。
しばらく、その手紙を封筒のままささげ持ち、その主に思いを馳せる。
会わないまま、大事な畑からただ届けに来てくださったそのお心を思う。
人を養ってくれるこの地には、式神がなんとたくさんおわすのだろう。


