現代造佛所私記 No.395「蜩」

娘が春休みに入った最初の朝、ゆっくり目が覚めた。

台所に、白いビニル袋がぽんと置いてあった。マジックで「蜩」と書いてある。

中には、肉付きの良い椎茸がゴロゴロと入っていた。

夫が言うには、朝起きたら郵便受けにあったという。

蜩。読めない。そのような屋号も聞いたことがない。誰が、いつ、この山奥まで置いていったのか。

この集落では、名を名乗らず野菜を置いていく者がいる。数日後に「キャベツ食べた?」と問われて、ようやく贈り主がわかる、そういう間柄が普通にある。

夕方、近くのキャンプ場から連絡があり、施設のカフェのドアを開けると、近所のいごっそうさんがコーヒーを飲んでいた。

「椎茸食ぅたかよ」

「あぁ、あれは! どなたかと思っておりました」

「名前かいちょったろ」

「……蛸(たこ)?」

「誰がタコじゃ笑!”ひぐらし”や! その日暮らし、やきな」

カフェの店員さんと三人で笑った。

ひぐらし。その日暮らし。なんと洒脱な名だろう。

笑いが落ち着くと、話はどこへともなく流れていった。この近くで廃村になった集落のこと、川辺に水を飲みに来る春の鹿が、どのようにして角を振り落とすか。

蜩さんは、山のことをよく知っていた。

ひと段落すると、カフェの店員さんが声をかけてくれた。

「これ、吉田さんにと預かっていて。連絡しましょうかって何度も言ったんですけど、遠慮されて……」

そのかたは、高知市内から、この山の奥までわざわざ届けに来てくださったのだという。

袋を開けると、瑞々しい新玉ねぎ、ニラ、小夏がどっさり入っていた。どれも、大事に育てられた土の養分をしっかり蓄えた姿をしていた。

両手にずっしり野菜を下げた私に、店員さんが、最後に茶封筒を手渡してくださった。「吉田沙織様」お心の滲む文字に打たれる。

しばらく、その手紙を封筒のままささげ持ち、その主に思いを馳せる。

会わないまま、大事な畑からただ届けに来てくださったそのお心を思う。

人を養ってくれるこの地には、式神がなんとたくさんおわすのだろう。