昨夜、脱衣所でふと振り返った時に、メガネの左のテンプルが「ほろり」と落ちた。
何が起こったのか、一瞬分からず、小さな固い音を立てて落ちたテンプルと、顔からゆっくりずり落ちようとするメガネに気づき、「あ、壊れた」と声が出た。
度数も少しずつ合わなくなり、傷も増えた、7年前くらいに購入したメガネだった。
翌朝すぐに、夫がお世話になった眼鏡店へ向かった。緑の看板の下に、「こどものメガネあります」「補聴器あります」といった幟がはためいている。その中に、「眼鏡作製技工士」という資格の表示があった。
曇りのない透明のドアを開くと、物腰の柔らかい、老齢の男性が、「いらっしゃいませ」と声をかけてくれた。
娘が「お母ちゃんには赤が似合うからこれ!」と、値段も見ずに勧めてくる。最初に試着したものは、顔には合っているようだけど、どうもきつくて重い。すると、似たデザインの赤いフレームをもう一つ、男性がお持ちくださった。
「あ、これ全然違う。軽い」 「いいねぇ!」と娘。「いいじゃん」と夫。
鯖江のリーゴ シャルマン。フレームが決まれば、次は目の検査。ひとつひとつ、丁寧に解説されながら進む。
「こちらの方がはっきり見えるでしょうが、見えすぎているんですね。もう少し弱い方が疲れにくいです。パソコン仕事をされる時にも、運転される時にも、こちらがちょうど良いと思います」
これまで何度も眼科で検査を受けてきたが、こんなふうに細やかに話しながら進めてもらったことはなかった。
夫は私が検査している間、メガネを洗浄してもらったようで、「見やすくなった」と喜んでいた。
幸いぴったりのレンズも在庫があり、1時間半後、また店頭へ訪れた。フィッティングスペースで、専門の器具を用いて骨格に合わせて微調整してくれる。男性のその丸い背中に、専門職人としての時間の厚みを感じた。
昨夜の「ほろり」を思い出す。あのメガネは、その寿命を全うし、私を丸い背中の職人の元へ連れて行ってくれた。


