懐紙を一枚取り出し、ピチリと角を合わせ折りたたむ。
特別なおもてなしを受けて、吉田仏師も私も驚き、恐縮していた。あぁ、お懐紙を持ってきてよかった。数寄屋袋を足下に寄せながら、座り直す。
とはいえ席は終始和やかで、普段は嗜まない般若湯も、すすめられるままにちびりちびり。盃が重なるうち、時間を忘れた。気づくと、庭に闇がしっとりとかぶさっていた。
ふと、夫の横顔を見る。
いつもの彼だ。こうした席でも黒い作務衣で、力の抜けた肩に、変わらぬ声のトーン。弓道の試合の時も、家にいる時も、楽箏を奏でる時も、講演をする時も、同じこの佇まい。
13、14歳から造仏の道のみを歩いてきた。その年月が、心身に滲んでいる。
先日の演奏会でも、後列でただ楽箏をチューニングしただけで笑いが起き、「面白かった」とお褒めいただいた。すると、「僕は何もしていないよ」と、まるで、くまのプーさんのようなことを言う。
私が場によって形を変える水だとしたら、彼は山だ。
再び彼を見て、気づく。彼自身が選んだ布地で、私が何年も前に縫った作務衣を着ていた。大切な場に、それを選んでくれた。
帰宅し、吉田はすっかり寝支度をして、パソコンに向かう私を覗いた。
「今日のコラムは、あなたのことを書くね、いい?」
そういうと、彼はなんとなく子どものような顔になって、ポツリとつぶやいた。
「僕は大丈夫なのかなぁ」

