「なんと書かれたのか、お聞きしてもいいですか?」
「——おかいさん以外のものが食べたくなったら教えてください、と」
大樹はニコッと笑って、おかいさんって、お粥のことです、と申し添えた。女は不思議そうに首を傾げながら、二、三回うなづいた。
その時、梢の向こうで、遠雷が低く鳴った。ザザァと梢から梢へ、波紋のように風が森の中を吹き抜ける。鳥があちこちで鳴き、羽音を響かせている。大樹と女は顔を見合わせた。いつの間にか、木々の隙間から見える雲が、鉛色に沈んでいる。
「これ、まずいですね」
「急ぎましょう」
二人は急ぎ、和紙をとかした水をウロの中にかたむけた。ゆっくりと急ぎながら。ウロが、ほうっと軽く鳴った。水は、ウロの底を湿らせ、ゆっくり吸い込まれていった。
森が、願いを飲んだ。大樹は大きく息を吸い込んだ。
最初の一粒が葉を叩いた。次の瞬間には、森全体を雨玉が打ち始めた。大樹はサッと折り畳み傘を出し、女はソフトシェルのフードを深く被った。二人は走った。しかし森の入り口まで来ると、滝のような雨で辺りは灰色に塗りつぶされていた。ハザードランプを点滅させた白い軽トラが停まっており、松浦が窓から顔を出した。
「おまんら遅いわ!視界がこんなやき、しばらくタキばあく(家)で様子みより!あんた、どうやってきたがな?」
松浦が女に問うた。山の下から歩いてきたらしい。
「下までわしの車に乗っていくか?」
「すみません、さっきの紙のこととか、お聞きしたいです」
弾けるように大樹に向かい、さっきとは打って変わった、鋭い表情で申し出た。(続く)


