現代造佛所私記 No.368「手紙を食べる森 (5)」

枝を踏む音がして、若い女がひとり、右のこめかみを拳で押さえながら、木陰から姿を現した。

年のころは、二十八か九か。海外のアウトドアブランドのウィンドシェル、鮮やかなコーラルピンク。ハーフパンツから靴までレギンスでしっかり固め、つま先は泥で汚れている。手甲をした手には、トレッキングポール。先には、草葉がついていた。大樹に気づくと立ち止まり、互いに軽く会釈した。

女はリュックを前に抱き直し、中から封筒を取り出した。品の良い薄紫色の封筒だった。

「あの……こんにちは。管理人の方ですか」
「こんにちは。管理人じゃないです。——お手紙ですか?」

女はうなづき、大楠へ二、三歩歩み寄った。その瞬間、頭上でざわめく音がしたかと思うと、はらはらと枝葉が落ちてきた。肩を、腕を、封筒の上を撫でては落ちていく枝葉に、女は硬直した。眉根に皺を寄せ、掠れた声でつぶやいた。

「…え、こわい」
「あ、手紙を受け取る力が弱ってるみたい。今、病人みたいなものだから」

大樹の言葉に、女は顔を上げた。封筒と、楠、大樹を順に見る。しばらく呆然としていたが、大樹が軍手をはめ、ウロに溜まった手紙の山を掻き出すと、黙って手伝った。

大樹が袋詰め作業をしている傍で、女はよたよたと楠へ近づき、幹に両腕を回して抱きついた。木肌に顔を伏せている。

大樹は袋を縛り荷物をまとめると、ポリタンクの水で手を洗った。そして、無言で、文箱から和紙と筆を取り出した。硯に水を垂らし、墨を擦り始める。墨の粒子が湿った森の空気に混じって、気配を上塗りした。

女は、額に木肌の痕をつけて鼻をすすり、タオルで目元を押さえた。大樹が筆と和紙を女に差し出すと、ハッと目を少し見開き、頭を下げて受け取った。

筆を持つ手が、少し震えている。
「母がもうすぐ、手術を受けるんです。そのことを手紙に書いてきたんですけど、ここにきて、森のことをよく知らないで来ちゃったなって、申し訳ない気持ちになっ…」
女は声を詰まらせた。そして、おもむろに書きはじめた。大樹は隙間から覗く空に目を凝らした。

大樹は、女が書き終えた和紙を受け取ると、洗面器に張った水に沈めた。墨が滲んでいく。紙をゆっくりほぐすと、繊維がふやけた。攪拌した洗面器の水を、ウロにそっと傾け、ゆっくり何回かに分けて注いだ。

「半分ウロ、半分は漉き返しに出した」と、昔タキばあが言っていた。今の大樹には、そこまではする余裕がない。もう一枚和紙を取り出し、大樹もサラサラと筆を走らせた。(続く)