現代造佛所私記 No.366「手紙を食べる森 (3)」

「ほんでも、ようきたにゃぁ。えらい都会の風ふかしてから、なぁ!ははは」

黄色い果実がどっさり入ったコンテナを物色しながら、松浦は大きな声で話し続ける。大樹は屈んで、マルの頭や体を撫でた。マルは尻尾をブンブンと振り回し、ぴょんぴょんと何度も大樹に抱きついた。

「ほぅか、マル、嬉しいか」

松浦の言葉に、マルは短く鼻を鳴らした。

「それで、森が変わったんはいつごろからですか」
「北の震災の前やき、2010年ごろやないろか。みるみるうちにゴミが増えて。わしらも時々掃除に行くけど、追いつかんなった」

タキばあの新聞掲載から、写真や映像がSNSでも出回り、森は神秘的な場所として注目された。少しずつ森が変わりはじめたのは、それからだと松浦はいう。

「まぁ、人が来るんはえいことかもしれんけんど、ちょーへーそく(腸閉塞)みたいなもんや。来よる人らぁは、手紙が森にとってゴミになっちゅうらぁ思うちゃーせん」

大樹は、うなづいた。すでにタキばあから聞いていた。

「これ食べてみい」

松浦は小夏を割って差し出した。大樹は一房口に入れた。不味くはない。だが、子どもの頃からここの小夏の味を知っている舌には、物足りないのは明らかだった。

「あぁ、うーんと、糖度は割とあって美味しいは美味しいけど、香りとか……なんというか……」

大樹は言い淀んだ。Brix値で言えば悪くない数字のはずだ。なのに何かが足りない。松浦の前で分析の言葉は役に立たなかった。

森の奥へ向かうにつれ、樹枝のドームが高くなっていく。夏の日差しがカッと照り、葉っぱや枝を透かし、地面に断続的な模様を描く。緑色だけの教会のステンドグラスのようだ、と大樹は思った。

松浦に、マルを同行させるよう古びたリードを持たされ、連れ立つことになった。右手にはマル、左手にはポリタンク。

デコボコの楠の根を跨ぐとき、麦わら帽子が枝にかかってずれた。バックパックのウエストベルトに、マルのリードを通し、立ち止まると、首からかけたタオルで頭から首筋まで汗を拭い帽子を被り直した。木陰とはいえ、残暑の厳しさが体力を奪っていく。すっかり溶けたスポーツドリンクを、喉を鳴らしながら胃に流し込んだ。

梢が重なり、空は細い。足元の腐葉土の匂いが、次第に濃くなる。時々立派な苔の絨毯ができていて、ひんやりとした水気がじゅっと足の裏をしめらせる。自分とマルの呼吸の音だけが聞こえた。

すっと視界が開けたかと思うと、薄暗い一角に、大楠が立っていた。

両腕を広げてようやく届くかどうかという幹だ。樹皮は短冊状に深く割れ、割れ目から一寸ほど奥がうっすら湿っている。深いウロが口を開け、朽ちかけたしめ縄が細くかかっていた。

脇には苔むした祠に赤い頭巾の地蔵。頭巾は雨に何度も晒されて、色が褪せていた。

ここが、胃袋だ。(続く)