蝉時雨を四方から浴びながら、目の前でひらひらと舞う蝶の影を追う。間もなく、この縁側も南国の日差しに晒されるだろう。立ち上がると、拳と膝裏から、汗が流れ落ちた。
楠本大樹がその集落、いや元集落へ着いたのは、朝の八時だった。
タキばあが逝って四十九日。その少し後に、ハナも後を追った。三毛猫のハナは、タキばあが十九年一緒に暮らした猫だ。両親は立て続けの喪失がやはりこたえているようで、なんとなく覇気がない。大樹はしばらく高知にいることにして、大阪の職場に休みをもらった有給中である。盆も過ぎた弔いの節目に、タキばあが一人で暮らしていた集落の家へ、六、七年ぶりに足を踏み入れることにした。
残暑の厳しさを思い実家を早めに出たが、人が去ってしまった集落の圧倒的静けさに、立ちすくんでしまった。タキばあの家に着いた時には、あたりの空気は夜の気配をほんの少し含んでいたのに、今やあたりはじりっと鋭い陽の気を帯びている。
庭の柑橘の木が三本、石垣の向こうに見える。タキばあが丹精したものだ。小夏の淡黄色が丸く光っている。
そこにアゲハが群れていた。一頭ではない。数えきれないほどの羽ばたきが、木漏れ日と見まごうほどの影を作っている。
大樹は縁側に腰を下ろし、しばらくそれを見ていた。時間の概念がキュッと吸い上げられ、なすべきことを忘れてしまったのだった。肌が焼かれる感覚に我に返った。
縁側の脇、箪笥の上に写真立てが二つある。一つはタキばあと孫たちが並んで写っている。大樹も端に写っている。小学生の頃だ。もう一つは、タキばあと祖父である洋治と並んだ写真だ。
眺めていると、写真の中のタキばあが、不意に大きく背伸びをした。
「はあ〜、あぁ、きたかね」
お茶でも淹れようか、というようなごく自然な声だった。
「遅うなってすまんね」
大樹も応じる。
子どもの頃から、こういうことは当たり前にあった。縁側で、畑で、森の入口で、タキばあは誰かと話していた。大樹も話した。大阪へ出てからかれこれ10年近く、そういう機会を失っていたが、体は覚えている。それに、この環境の中では、ごく自然なことと感じられた。
「押し入れに文箱が入っちゅう」とタキばあ。続けて「水をようさん持っていき。洗面器も。ほれから…」
「水道、使えんがやない?」
「裏の沢の水を使い」
大樹は少し黙った。沢の水。子どもの頃、タキばあに連れられてよく汲みに行った。冷たくて、底まで透き通っていた。その沢は山の奥から流れ下り、集落の下の川へ注ぎ込む。今でもあの当時のような姿だろうか。
「聞きゆうかえ?あんまり時間ないき、大事なことゆうで」
タキばあの声が、わずかに低くなった。
「病人におかいさんを食べさせるように、やさしゅうやり」
短い間があった。
「ほんで、ハナの写真、横へ置いてくれんろか。頼んだきね」
タキばあは一気に話すと、やっと大樹に微笑み胸元で手を振った。
「ほいたら、もういぬるき」
そういうと、写真の中のタキばあは、かちりと元の姿に戻った。背筋を伸ばして、孫たちの中で笑っている。
(はー、ハナの写真か、あるろか。後でおかんに聞いてみるか)
大樹は一つ深呼吸をしながらぶつぶつと独りごちると、立ち上がって押し入れを開けた。杉材の棚の引き出しを上から開けてみると、三段目に文箱があった。棚の脇には洗面器も立てかけてあった。タキばあが「森」で使っていたのかもしれない。
続けて、ポリタンクを持って裏の沢へ向かった。
水は冷たかった。変わっていなかった。(続く)


