現代造佛所私記 No.353「最後の味噌」

内田明夫さんとみち子さんご夫妻には、吉田仏師と婚約中の頃からお世話になった。
独立後初めての個展には、推薦文を寄せてくださった。その言葉は、今も変わらず私たちを支えている。

結婚前、吉田が着物を贈ってくれた。
みち子さんが定期的に開いておられる「十六夜キモノ展」で出会ったものだ。

当時はまだ自分で着付けもできず、みち子さんが手早く着せてくださった。鏡の中の自分が、妻に相応しい人になれたように思えて、嬉しかった。

帯は宝相華文の刺繍。宝相華は、仏様の世界に咲く花。当時はその文様の意味も知らず、「これがいい」と感覚で選んだ。今は、お茶席のたびに結んでいる。

娘が生まれたときには、みち子さんが可愛らしい赤い着物を贈ってくださった。小さな手を袖に通した日のことを思い出す。いまも大切に仕舞ってある。

昨年、明夫さんが突然病に倒れ、長年続けてこられた農業を縮小されると聞いた。本当によくぞご無事で、と胸を撫で下ろすような思いだった。

その明夫さんから、先日味噌が届いた。
「最後に販売する味噌です。ご賞味下さい」
人の肉筆というのは、なんとあたたかいのだろう。文字の向こうに、明夫さんの声が聞こえるようだ。

今日、夫が蕗のとうを摘んできた。内田さんの味噌で蕗味噌をつくる。味噌の蓋を開けた瞬間、ふわんと立ちのぼる香り。ひと舐めすれば、旨味が口いっぱいに広がった。

その滋味が、思い出の扉も開かせる。

10年ほど前、私たちの結婚が決まったとき、駒沢の新居まで来てくださったこと。披露宴で私が手紙を読んでいたときに、ハンカチで目を押さえておられた姿。手術直後、三角巾姿で吉田の初個展に来てくださったこと。

明夫さん、みち子さんに、返すことのできたものは、どれほどあっただろうか。先輩ご夫妻から受け取ってきたものが、今の私たちをつくっている。

味噌は、大切にいただこうと思う。でも、でも、きっとすぐなくなる。だから、しっかり体の一部にして、生きていこう。​​​​​​​​​​​​​​​​