現代造佛所私記 No.351「冬の中の春」

涅槃会の日である。 神社の月参りの日でもあった。

夫と並んで、人気のない参道を歩く。 冬のあいまに差し込んだ、小休止のような小春日和である。

まるで春が来たような、柔らかく水を含んだ空気を、胸にいっぱい吸い込む。

石段の苔も、どことなく張りがある。

お詣りが済んで午後になると、しとしとと雨が降り出した。 サーっと静かな優しい雨音を聞きながら、窓の外を見ると、思ったより空が明るい。

少し外を歩いてみようと思い立った。 コートに手を伸ばしてみたものの、先日の大雪が嘘のような、上着もいらぬほどの温かさ。身軽な格好で、傘を差して玄関を出た。

あぁ、これは春の陽気だ。 歩く足取りもどこか軽い。空はなお明るい。

メダカのいる睡蓮鉢を覗くと、皆いつになく活発であった。もりもりと餌を食べ、一匹も欠けることなく冬を越えている。彼らの寝床、ウォーターコインも、青々とした小さくて丸い葉っぱがぴょこぴょこと根元から顔を出している。

プランターの花々も、次々と蕾を押し上げている。 私だけが真冬のつもりで、周りの動植物は、立春を過ぎた後随分ときを進めていたようだ。

濡れたアスファルトを、ゆっくり歩いてみる。 森の奥から、鳥の声も聞こえてきた。

雨がもうすぐ上がるのだろうかと、明るい西の空を見上げる。 ふと気配を感じて東へ目をやると、大きな虹がかかっていた。

雨の少ないこの頃に降った、めぐみの雨。 何かいいことの前触れのような気がした。

それぞれの場所にいた子どもと夫に声をかけ、三人で並んで見上げた。どことなく、明るい声で、他愛のない会話をした。

そして、それぞれの続きに戻っていく。

私はもう少しだけ歩いた。夢見心地のまま。
ひとときの春であった。