「これ、使ってみたら?」
冗談なのか本気なのか分からないトーンで、彼が指さした先に「今話題の!」というポップが立っていた。
空港の搭乗口前の売店。飲み物を買いに寄っただけだった。
ファッション吹き出物 1,200円(税別)
クレジットカードほどの薄いパッケージに、笑顔のビジネスマンのイラスト。《面接に。商談のアイスブレイクに》とキャッチコピーがある。初対面の相手との場を和ませる効果があるらしい。裏面の注意書きにはこうあった。
——24時間以内にメイク落としでやさしく取り除いてください。時間を過ぎると本物の吹き出物になります。同じ相手に二度目の効果はありません。
結婚を前提にお付き合いしている彼の実家に、初めて挨拶に行く日だった。そんなに高くはないし、彼が買ってくれるというし、お姑さんになる人との最初の対面は、穏やかなものにしたかった。
お守りみたいなものだと思えばいいか。明日はがせばいいし。
「あ、母さん、空港まで迎えに来るって」
九時二十分、離陸。シートベルトのランプが消えてから、どこに貼るかふたりで相談した。私はなるべく目立たない場所がよかったけれど、「見えないところだと忘れるよ。」と彼に言われて、しぶしぶ右の耳と頬の真ん中あたりに貼った。
十時三十分、着陸。荷物を受け取ってゲートを出ると、一人の女性が手を振っていた。
「初めまして」
差し出された手を、私も両手で握り返した。初めてなのに初めてではないような、胸の奥がじんと温かくなる対面だった。一目で、大好きになってしまった。
タクシーに三人で乗り込む。運転手とミサさん——彼のお母さんが、町のあれこれをガイドしてくれた。「ミサさんが参観日に間違えて隣の小学校に行った話」を運転手が始めると、ミサさんは頬を染めて「もう、それはいいから」と助手席から運転手の肩を軽く叩いた。
ミサさんと並んで台所に立ち、夕飯を作った。三人でビールで乾杯して、お腹いっぱい食べて、笑って、泣いて、また笑った。
食後、並んで食器を洗っていると、ミサさんがふと手を止めた。
「どうか、あの子をよろしくね」
呟くように言って、にっこり笑った。
「はい」
それだけ言うのが精いっぱいだった。涙がこぼれた。ミサさんも、笑いながら泣いていた。
ミサさんが用意してくれたふかふかの布団で、朝までぐっすり眠った。
翌朝、目覚めると九時半を過ぎていた。普段飲まないお酒のせいか、喉がからからだった。居間に行くと彼もミサさんも起きていて、温かいレモネードを淹れてくれた。
「ゆっくり眠れた?」
はい、と答えながら、頬にじくじくとした痛みを感じた。洗面所の鏡を覗くと、吹き出物が赤く、少し大きくなっている。
しまった——はがすのを忘れていた。
まあ、いい。初対面は確かに和やかだった。あのファッション吹き出物のおかげかどうかは分からないけれど。
着替えて廊下に出ると、奥の部屋のほうから声が聞こえた。
「いたたたた……」
半開きのドアの向こうで、ミサさんが首の後ろに手を伸ばしていた。赤く腫れた吹き出物に、膏薬を塗っていた。
アイキャッチは、架空の商品「ファッション吹き出物」のピッチデッキの1ページ


