現代造佛所私記 No.340「僭越ながら、”仕事の達人”として」

製作途中の仏像と、参考文献、道具箱。
作務衣姿の二人で抱え、地元の公立中学校の校門をくぐる。

ほどなく、ガラス戸に貼られた案内が目に入った。

そこには「仕事の達人」とあり、招かれた講師の名前が縦に並んでいる。初めて訪れる学校でありながら、迷うことはなかった。先生方がさまざまに準備を整えてくださったことが伝わり、胸があたたかくなる。

私の母校ではないのに、どこか懐かしい空気があるのは何故だろう。整然と並ぶ下駄箱を、思わずぐるりと眺めてしまう。

本日は、夜須中学校二年生を対象とした講話である。「仕事の達人」と題した総合学習の授業で、次年度の職業体験を前に、地元で働く人の話を聞く時間として設けられたものだ。

この日の講師は三名。
吉田仏師のほかに、香南市の浜田豪太市長、そしてヒューマンビートボックスの世界大会で優勝経験を持つ山本健太郎さん。なんともユニークで、贅沢な座組みである。

教室に入ると、生徒たちはすでに着席し、その周囲を囲むように先生方が立っておられた。
三人の講師のうち、トップバッターを務めた吉田は、見た目には分かりにくいが、かなり緊張していたそうだ。私は、スライド係として、横に控えていた。

職人らしい、訥々とした語り口で、自らの来し方を話し始める。やがて、その言葉は仕事への眼差しや哲学へと及んでいった。長年そばで聞いてきたはずの話の中にも、私にとって初めて聞くエピソードがあり、新鮮な驚きがあった。

決して、明るい話ばかりではない。
引きこもりがちだった彼が、学校のガレージや教室で仏像を彫ることを許され、再び登校するようになったこと。中学二年生のときに仏像と出会い、道が開けたこと。そして、卒業式の翌日に修行に出たこと。

当時の写真を交えた、かなり率直な開示であった。生徒の家庭環境によっては、繊細に受け取られる内容かもしれない。それでも私は、吉田と相談のうえ、ぜひ共有したいと考え、スライドに入れた。

後で、担当の先生から「生徒たちが、あのあたりから一気に前のめりになっていました」と聞き、胸を撫で下ろした。

講話の後には、質疑応答の時間が設けられた。
生徒たちは互いに相談しながら、質問を整理している。先ほどまでの緊張がゆるみ、中学二年生らしい表情が戻ってくる。その様子があまりに愛らしく、思わず頬が緩んだ。

「仏像って、京都のイメージがあるんですけど、なぜ高知に来たんですか」
「仏師と、ほかの彫刻家は何が違うんですか」
「辛かったり、諦めそうになったりしたことはありますか」
「昔の仏像と今の仏像で、違うところはありますか」

どれも本質を突いた、良い質問だった。吉田は、等身大の、飾らない言葉で一つひとつに答えていった。

最後に、ある生徒が言った。

「辛い中でも、小さなことから頑張ろうというお話が参考になりました。今日教えてもらったことを忘れずに、人生に生かしたいです」

また、ある先生からは
「吉田仏師が仕事に邁進できるのは、奥様の支えがあってこそだと感じました」という、身に余る言葉を頂戴した。恐縮しながらも嬉しく、後で吉田に自慢した。

校舎を出ると、立春の正午。蝋梅の香りが、ほのかに漂っていた。

「仕事の達人」

そんな授業を、十四歳の頃の私も受けてみたかった。

羨ましさとともに、これから大人になっていく彼らの未来が、希望に満ちたものでありますようにと心から願う。

皆さんと、またいつか、どこかで再会できたら嬉しい。それまで、今日という一日を、大切に抱えていきたい。

この度は、お招きいただき、本当にありがとうございました。

本日の授業については、高知新聞様、香南ケーブルテレビ様で放送予定です。詳細が分かりましたら、お知らせします。