一際冷える夜、少し遅めの夕餉を終えたところだった。
鍋を平らげ、皆が頬をほんのり赤くしている。さて、片付けようかという時、吉田がふと動きを止めた。
「誰だろう。出てみようかな」
そう言って、スマートフォンを手に取った。
知らない番号からの着信である。だが、吉田には思い当たる節があったらしく、私の顔を一度だけ見て、ためらいなく応答のボタンを押した。
「……あぁ! ご無沙汰しております」
その一言で、相手が誰なのかが、すぐに伝わってきた。今朝方、ホームページから連絡をくださった、吉田の京都修行時代の先輩で、仏像修理に携わる門脇さんだった。
受話器越しの声には、同じ時代を共有した二人ならではの距離感が滲んでいて、なんとはなしに、私まで嬉しくなる。
私は食後の白湯をちびちびと含みながら、横に座っていた。猫も、娘もくつろいでいる。窓の外では夜気がきんと張りつめ、山の家はしんと静まり返っていた。
懐かしさに混じって、熱を帯びた声が、途切れ途切れに聞こえてくる。実家から届いた、握りこぶしほどもあるポンカンに手を伸ばしながら、聞くともなしに聞いていた。
話題は、門脇さんと吉田が、それぞれの現場で直面している、ある伝統技術のこれからについてだった。抗い難く進む変化と、その只中に芽生えた、まだ名前も持たない兆しについて。
「資料があるので、ぜひお送りしたくて」
吉田は、共に工房を営み、PRの仕事も担う私に共有した方がよいと判断したのだろう。スマートフォンをスピーカーに切り替えた。
私はいつの間にか、ポンカンを食べるのも忘れて、聞き入っていた。
吉田は技術者として、相槌を打ち、時に短く応じながら、話の核心を探っている。その隣で私は、まだ輪郭の定まらない可能性を、PRプロデューサーとして、無意識のうちになぞっていた。
現場から立ち上がるこの動きには、きっとPRで力になれる余地がある。自然と、頭の中に、いくつかの未来図を描き始めていた。
やがて吉田が、「妻に代わります」と言った。
PRプロデューサーとしての所感に加え、これまで当工房で出会ってきた海外の木彫家の、日本に向ける眼差しのこと。海外から寄せられた彫刻に関する相談のこと。こうした、国を越えた交流の経験が、もしかしたら何かの参考になるかもしれないと思い、短い時間ではあったが、率直にお話しさせていただいた。
門脇さんの言葉に耳を傾けるうちに、未来を憂うというよりも、これから、どんな未来をつくっていけるだろうか、という思いが、肚の底でぽっと熱を帯びた。その熱は、門脇さんの思いが引火したものかもしれない。
「いやあ、今晩電話してよかったです。逆に、こちらがいいお話を聞かせてもらいました」
門脇さんはそうおっしゃって、お電話を切られた。
気づけば、一時間が過ぎていた。
現場から立ち上がる、今はまだ小さいが、確かなムーブメント。熱を帯び、それがやがて大きなうねりになっていく、その黎明に、私たちは立っているのかもしれない。観客としてではなく、その舞台を創る一員として、何かできることがあるかもしれない。
輪郭が定まらずとも、とても熱い塊を受け取った夜として、今日は残しておきたいと思う。具体的なお話は、関係する方との話が形になった時、改めてここでもお伝えしたいと思う。


