現代造佛所私記 No.327「思い出の中の家」

「高知の山奥より、ご盛会をお祈りしています」

ご縁をいただいている音楽家から演奏会のお知らせが届くと、行きたい気持ちを宥めつつ、いつもそのようにお伝えする。

けれど、ある場所については、不思議なほど近く感じられ、今からでも飛んでいけそうな錯覚に陥ることがある。

以前住んでいた家の近く――徒歩圏内だったり、自転車で通えたような場所である。

当時の住まいは、今もマンションとして残っていることもあれば、駐車場になっていたり、別の住宅が建っていたりもする。

それぞれの場所に、それぞれの暮らしがあった。その時々の、鮮やかな時間が折り重なっている。

学生時代に住んでいた、五階建ての女性専用マンション。一階がケーキ屋さんの工房で、建物全体がいつも甘い香りに包まれていた。一人暮らしが初めてだった18歳の女の子は、焼きたてのケーキの香りにどれだけ慰められたかわからない。

初めての一人暮らしには、申し分ない街だった。スーパーも図書館も市役所も、すべてが近かった。一緒に部屋を探してくれた伯母に、感謝せねばならない。

笛のお師匠様が主宰する楽団の演奏会が、その街の近くで開かれると知り、ここ数日、当時のことをよく思い出している。

まだ仏像にも出会っておらず、看護師を目指して大学に通っていた頃のことだ。学生劇団で芝居をつくる面白さに夢中になり、チラシづくりを任されては徹夜を重ねた。授業に出ず、映画と読書に時間を費やした日もあった。

子どもでも大人でもない、その狭間の期間は、振り返るとひどく自由で、無防備だった。

インターネットで調べてみると、マンションの隣にあったバゲットが美味しいパン屋も、商店街の気の良いエスニック料理屋も、立ち寄るとハーブティを淹れてくれたアロマの店も、すでに姿を消していた。

そうだ、あれからもう30年も経ったのだ。

フィルムカメラに収めた、思い出の断片だけが、わずかに手元に残っている。

今なら、スマホでたくさん撮影して、気軽に画像をスクロールしていただろう。でも、携帯のなかった当時、父譲りの一眼レフで撮ったフィルム写真は、何枚も失い、ネガも失って、残された数枚がアルバムに納まり、現在の家の奥深くに眠っている。

誰とも共有することのない、きわめて個人的な温かさに満たされる夜である。

後で、あのケーキ屋さんを見つけた。店は大きくなり、ホームページもできていた。時は奪うばかりではない。

笛の師匠が主催する演奏会はこちら
アイキャッチは、幾度となく乗車していた阪急箕面線。