現代造佛所私記 No.324「稽古日」

肩の力が抜けた。

頭の中の取り留めない思考も、体に溜まった重さも、すうっと流れていった。

今日も、夫は弓道場へ、私は茶道の師のもとへと赴いた。それぞれ三時間ほどの稽古を終えて、車に揺られている。

事業を立ち上げて間もない頃、ある人に「茶道や弓道の稽古に行っていることを、人に言うたらあかんよ」と言われた。悪意ではない。「若い経営者が遊んでいると思われる」という、善意の忠告だった。

その時は、それもそうだなと思った。けれど今なら、言える。私たちにとって、稽古は仕事に欠かせないものだと。

茶道では、細かく道具の扱いを学ぶ。茶碗の扱い方、お茶入れを置く位置、歩き方、手の高さや角度。数え上げればキリが無い。どの所作にも全て意味がある。上座と下座を意識し、出す足にも歩数にも約束と型がある。そうやって、道具に宿る作り手の心や、場を尊ぶ身体性を体に刻む。

事業立ち上げの時ははっきり意識していなかったが、それは神仏の前での振る舞いと地続きなのだと、仏像が縁でお寺や神社にお伺いするようになってから感じるようになった。

弓道も同じだ。礼にはじまり、礼に終わると最初に習う。弓矢を適切に扱う技術と礼法が表裏一体となっている。

夫の仕事は、仏像を作ることだ。文化財としての修理を任されることもある。世代を跨いで何百年も守られてきたものに、手を触れる。時には、侵襲を伴う処置も行う。

私たちの接し方によって、施主様や檀家様、その御仏像を大切に思う人を傷つけることがあるかもしれない。

たとえば、お像を拝見するために伺う時。建物に入る時に一礼する。ご住職と檀家様に一礼してから、お像の前に進む。

こうした所作は、弓道場に入るときに揖(ゆう)をする、茶室に入る前に礼をすることと通じている。そして、的前に向かう時、点前を始める時に、礼をするのとも同じだ。稽古で身につけた「畏敬の作法」は、誰かの痛みを避けたり和らげる術になるのではないか、と思う。

稽古に向かう一時間、二時間の道のりは、決して軽くない。ガソリン代も、お月謝も、時間もかかる。娘が小さい頃は、実家に預けて出かけることもあった。送り出してくれる両親がいなければ、続けることはできなかった。

それでも行くのは、これが「余暇」ではなく、「仕事の基盤」だと思うからだ。

稽古場では、私は何者でもない。ただ、茶を稽古する人。その解放感も、心地よい。型通りに動くことで、不思議なほど、リラックスと集中が同時に訪れる。

帰り道、車の中で、言葉少なに会話する。
「今日は暑かった。矢が全部下に落ちた」
「弓の膠が柔らかくなったかな」
「お茶の稽古、今日はゆっくりだったね」

夫の弓を引く背中。私がお茶を点てる手元。多くは語らずとも、互いの稽古の時間の充実が、なんとはなしに車中に漂った。

娘は、3歳くらいのころから、時々私たちの真似をするようになった。自主練習用のゴム弓を持ち出して、「うにおこし(打ち起こし)、ばいばん(大三)」と呟きながら、射法八節をなぞったりしていた。抹茶がわりに粉の麦茶で茶を供すれば、茶碗を前に手をついて大袈裟にお辞儀をした。

幼児の微笑ましい真似。けれど、「見取る」ということの力を、彼女が教えてくれた。いつか彼女が、誰かの大切なものに触れる時、この感覚が、彼女を守ってくれるかもしれない。

造仏も、弓も、茶も、どれもゴールはない。そう思うと、肩の力が抜ける。急がなくていい。人生、いろんなことがある。ただ、その都度、続けられる形を探りたい。

仕事や生活によって、また別の形になるかもしれない。それでも、細く長く、かたちを変えながら、続いていけたら。

稽古は、私たちにとって、誰かの大切なものに、どう向き合うかを学ぶ時間でもある。仕事から離れる時間というよりも、仕事も生活もない、いちばん深いところに降りていく時間なのだと思う。

アイキャッチは、9年前の吉田仏師。東京の慣れ親しんだ道場にて。