仏師の夫は、一日の半分近くを造仏に費やす。土日であっても、仕事から完全に離れることはない。
そんな彼にも、手すさびの時間がある。
結婚前、会社員だった頃、休憩中に端材でスプーンやしゃもじ、ヘラなどを削っていた。それらは、今も台所で現役である。割れた食器を金継ぎしていたこともあった。
手すさびから生まれたものたちは、十年以上を経て、すっかり日常に溶け込んでいる。我が家の小さな歴史だ。
そんな手すさびは、工作好きな娘が生まれてから、また形を変えた。夫は時に、娘に便乗する。一緒に絵を描き、折り紙をし、ここのところは粘土細工が二人の間で流行っていた。
小麦粘土、紙粘土、オーブン粘土。子ども向けの工作素材の豊富さに感心する。
娘は、夏休みに割れた箸置きを漆で直した。それをきっかけに、箸置きの世界に魅せられた。それから、自分でも作るようになった。百円ショップで見つけた「オーブン粘土」を手に、夢中になっている。
娘が最初に作ったのは、うさぎと猫の箸置きだった。小ぶりではあるが、窪んだ背中と尻尾が箸先をきちんと受け止めてくれる。
成形し、オーブンで焼き、着色する。かわいい箸置きが一つ、二つと増え、食卓が楽しくなった。
それを見て、夫が目を輝かせた。
「僕も作ってみようかな」
余った粘土を手に、猫を眺めながら作り始めた。出来上がったのは、香箱座りの皓月と、横になってくつろぐ黒猫ウニを模したものだった。
特徴をよく捉えた楽しい姿で、箸もしっかり支えてくれる。
私は台所で夕餉の支度をしながら、ウニの箸置きを見て泣いた。今はなきウニが、姿を変えて戻ってきたような気がしたからだ。
ウニがゴロンと横になったときに見せた、あの柔らかいお腹。箸置きなので硬いのだが、つい撫でてしまう。小さな箸置きひとつに、慰められる。
手すさびから生まれた小さなものたちが、我が家に少しずつ増えていく。
工房で生まれた仏像は、施主様のもとに旅立っていく。送り出す寂しさと喜びと、願いを置いて。
手すさびから生まれた小さなものたちは、ずっとここにいる。なんでもない日常を、静かに彩り支えてくれている。また明日、仏様に向かう英気を養ってくれている。


