現代造佛所私記 No.312「運慶忌とうんケーキ」

娘の冬休みの作文に、運慶忌のことが書かれていた。

我が家でいう「運慶忌」とは、仏師・運慶の命日に、その遺徳を偲んで営む、ささやかなお茶会のことである。

「一月三日、うんケーキを作って食べました」

原稿用紙をのぞき込んだ私たち夫婦は、思わず声を立てて笑った。

笑ったことを謝ると、娘もつられて笑いながら、「なんで? どうして?」と首を傾げる。

読み進めると、すぐに理由がわかった。私が練り切りを作りながら、「運慶忌はうんケーキ、うんケーキ」などと言葉遊びをしていたせいだ。母の楽しげな様子から、運慶忌に作るお菓子を「うんケーキ」だと信じ込んでしまったらしい。

娘は運慶を知らないわけではない。日本の偉大な仏師として、父や息子、快慶、その系譜について、ざっくりとではあるが理解している。

それでも彼女は、母の楽しげな様子から「きっとあのお菓子のことだ」と誤解した。誰がそれを笑えるだろう。

お茶会が終わると、娘は取材者になった。

「今日使ったお茶のお道具、教えて!メモはね、相手を待たせないように、さっと書くんだよ」

そう言いながら、私が挙げる道具と役割を書き留めていく。たくさんある中から、娘は三つを選んだ。作文の最後は、こう結ばれていた。「お作法はむずかしかったけれど、とても楽しかった」

娘の作文を読みながら、ふと、私にも似たようなことがあったなぁと過去の記憶を探った。うんケーキ的な誤解。祭りか、何かの行事のことだったと思う。それが何だったのかは、もう思い出せない。

ただ、大人に笑われたな、恥ずかしかったな、という居心地の悪さだけが、感触として残っている。

父母や祖母の笑い声、視線、その場にいづらくなった身体の感覚。間違えたことそのものは忘れてしまったけれど、間違えた自分がどう扱われたかを、覚えている。

私はこの体験から、『間違えたくない』と、言葉を慎重に選ぶようになった。また、授業中に挙手しないことを固く誓ってしまい、先生を困らせたこともあった。

そのことを思い出して、娘に聞いた。
「さっき、笑われたの、嫌じゃなかった?」

娘は不思議そうな顔をした。
「どうして? 嫌じゃないよ。ただ、みんなが笑ってると、Yちゃんも楽しくなって、笑っちゃうの」

人は、幼い頃から恥を知っている。大人が思う以上に。

娘も、3歳くらいの頃から言い間違えて、なんとも言えない表情を見せたり、黙り込んだり、一人で練習していたこともあった。

余談だが、娘が3歳になったばかりの頃、「うっかりペネロペ」のことを「ぺろぺろぺ」としか言えず、大人に笑われてからというもの、一人「ぺ、ね、ろ、ぺ!」とひたすら練習して数分後には「ペネロペ」と見事に言えるようになったことがあった。いじらしかった。

運慶忌の誤解に、私たちは思わず笑ってしまったが、彼女の反応を見るに、少なくとも居心地を悪くするものではなかったのではないかと思う。

安心して間違えられる場所。それは、子どもの頃の私が、欲していた場所でもある。

この関係が、娘にとって、そうした安心のある環境になっているのだとしたら、それに越したことはない。

それにしても、子どもの小さな勘違いや、言い間違え、概念を知らないがゆえに生まれる造語は、ときに胸がきゅっと締めつけられるほど、あどけなく愛おしい。

宝箱に集めたくなる、その時だけの言葉たちだ。

うんケーキ。

いっそのこと、毎年作るその練り切りを、そのように名付けてしまおうか。

アイキャッチは、実際に作った練り切り。お菓子器は尾戸焼きで、昨夏の父娘の合作。