現代造佛所私記 No.311「地震と仏像」

島根県東部を震源とする地震で被害を受けられた皆さまに、心からお見舞い申し上げます。
不安な時間を過ごされている方が、今も少なくないことと思います。安心安全な環境が整いますよう、心よりお祈り申し上げます。

四国でも、各地で揺れた。午前10時18分。
私たちは歯科医院へ向かう山道を走っていた。ラジオから突然、緊急地震速報の警報音が流れ、思わず身構える。

2011年以降、何度となく耳にしてきた、あの音。考えるより先に、体が反応してしまう。

昨年11月、文化財レスキューの一環で滞在した能登半島のことが、すぐに頭をよぎった。地震が、生活をどれほど一瞬で変えてしまうか。

そして、元に戻るまでにどれほど長い時間を要するのか。元には戻らず、形を変えざるを得ないこともある、その現場で、災害の爪痕を目の当たりにしてきたばかりである。

地震は、突然やってくる。一方で、復旧や復興には、途方もない時間がかかる。

高知でも、南海トラフ大地震への警戒が続いている。けれど、日頃の備えが十分かと問われれば、正直に言って、胸を張ってうなずける状況には、まだ至っていない。

どこで被災するかは分からない。もし自宅にいたなら、一本しかない道路が寸断され、長い期間孤立する可能性もある。食料や水はある程度備えてはいるが、救援が来るまで持つかどうかは心もとない。

そんな現実を思い浮かべながら、もう一つ、別のことが心をよぎった。

工房でお預かりしている仏像たち。そして、いま製作の途中にある仏像たちのことだ。

能登半島では、仏像の応急処置にも携わらせていただいた。地震に遭った仏さまたちが、どのような状態にあったのか。その損傷のありようから、教えていただくことも多かった。

そして、それ以上に強く心に残ったのは、人と仏さまとの関係である。

日々の祈りの中で、かけがえのないよりどころとなってきた存在。その絆の深さが、胸を突くほどに伝わってきた。

仏さまを思い、転倒しても被害が最小限になるようにと、通常は使わない箇所に接着剤を塗布しているお像もあった。その思いとは裏腹に、結果として修理を難しくしてしまった例もあるが、その行為に込められた気持ちには、深く心を打たれた。

一方で、一本のテグスで固定されていただけのお像が、結果的に揺れを受け流し、転倒を免れ、無傷だったという話も聞いた。

どちらも、仏さまを守りたいという、同じ願いから生まれた思いやり。その思いがあればこそ、仏さまが損傷を受けたとしても、専門家が介入できる環境が整えば、可能な限り円満な姿に近づけることはできる。

その前提が、常に満たされるわけではないことも、現場で教えられた。

常に考えさせられている。

まずは、命を守ること。そのうえで、工房として、災害を前に何ができるのか。

能登へ足を踏み入れ、地震のあのエネルギーを前に、私たちはなんと無力なのだろうと打ちひしがれた。

けれど同時に、平時にしている仕事、造ること、直すこと、お話を伺うこと、状態を確かめ、記録すること。その一つ一つが、いつかどこかで、確かな後押しになり得る、という手応えも得た。

一つの工房では歯が立たないことも、専門家が協働すれば、できることがある。そのために、学び、実践し続けていきたい。

被災地の安全を願い、香をたき、読経をした。
その後、龍笛を吹きながら、あらためて心を定めた。

アイキャッチは、11月の能登のあるお寺の境内。吉田の背丈の何倍もある大木が、地震と洪水で倒れ、境内に留まったまま、静かに朽ちつつあった。