平安時代後期から鎌倉時代にかけて活躍した仏師・運慶。
小学校の教科書にも登場する、日本彫刻における巨人である。
その命日は、貞応2年12月11日 、西暦で1224年1月3日。
よしだ造佛所では、この日を「運慶忌」とし、偉大な先達の遺徳を偲ぶ小さな茶会を営んでいる。
とはいえ、家族三人で手作りする、つつましい会だ。遠忌八百年にあたる2024年から、ひそやかに続けている。
この日は、お菓子も手作りする。娘と並んで練り切りをこね、色を分け、丸める。3回目ともなると手慣れたもので、あっという間に手毬を模した主菓子が8個出来上がった。
道具組はどれも自宅稽古用のものばかりだが、今年はひとつ特別な茶碗を使わせていただいた。
文化財保存修復学会でご縁をいただいた松田泰典先生より拝領した、仁清写しの茶碗である。本来は夏向きの器だが、彫刻文化財を通じてご縁をいただいた器として、今回はあえてこれを選んだ。
運慶を、お招きするつもりで席を設える。山本勉先生(半蔵門ミュージアム、鎌倉国宝館 館長)より御恵贈いただいた『運慶講義』を、運慶像に見立て、吉田仏師がサラサラと茶を点て、献茶を行った。
主菓子をいただいたあと、家族それぞれが順に茶を点て、味わう。
「運慶って、子どものころは何して遊んだんだろうね」
練り切りを頬張りながら、そんな話になる。史料には残らない幼少期を、想像してみる。
和菓子があまり得意ではない娘が、「おいしい!」と言って、三つも食べてしまった。続けて、甘くなった口の中に、恐る恐る抹茶を含むと、今度は目を見開いて「おいしい!!」。 また一つ、新しい味を知った新年である。
慣れない作法に真剣な父と娘。 そのぎこちなさに、いつしか皆で声を立てて笑っていた。運慶に、呆れられてしまっただろうか。
夜は、「造像功徳経」を家族で写経する。仏さまの教えを反芻し、間もなくノミ入れを控えたお像のために。そして、先人仏師たちの営みを、心でなぞるために。
抹茶と墨の、澄んだ香り。
一日の終わりに、静かに心が洗われていく。仏像の功徳を、深く吸い込んだ一日であった。


