仏像の打ち合わせで訪れたお寺で、こたつを囲み、お菓子をいただいていた。
「お母ちゃん、これなんて読むの?」
ひと息ついて、何気なくお懐紙を外したその下に、金の文字が現れた。
娘が銘々皿を指差し、私の肩に頭をちょんと寄せて、じっと見入っている。
「和と、不同はわかるね。もう一つは、なんだろう」
寺庭様と顔を見合わせて首を傾げていると、和尚様がお茶を注ぎながら、静かにおっしゃった。
「和して同ぜずですね」
和而不同。 孔子の言葉である。はっとした。和尚様も、寺庭様も、こちらの事情など知る由もない。けれど、偶然お出しいただいたその皿の文字に、私はしばらく釘付けになった。
「そうだったのか」と、胸の奥で何かがすとんと腑に落ちた。
今年は、どういうわけか、「これは集中特訓だな」と思うことが続いた。全体の調和のために、どう在ればよいのか。そうした問いを、これでもか、これでもかと突きつけられる一年だった。
「和して同ぜず」
理性と感情を切り分け、事実を事実として受け止め、そのうえで、どこに境界線を引くのか。大きなことから小さなことまで、整理し、決断していく。その訓練の連続だったように思う。
じーんと広がる感動の余韻のなかで、打ち合わせは円満に進み、その後は、お経のことを教わったり、その読み方を習ったり、おすすめの禅師のインタビューDVDをお借りしたりと、和やかな時間を過ごした。
長居をして、ふわふわの寺猫さんに「喝!」——猫パンチやタックルをいただいたところで、名残惜しくもお暇することに。
すでにありがたさで胸がいっぱいなのに、帰り際には、果物や手製のお漬物など、いくつものお土産まで持たせてくださった。
お見送りを受けながら、たくさんの存在に見守っていただいている温かさを、しみじみと感じていた。
それは、影に日向に思ってくださる皆様の存在感なのか、仏様なのか、神様なのか、お寺にこっそり来ていたサンタ様か。ここは日本だから、きっと全部かもしれない。
兎にも角にも、「和而不同」という言葉が、きよしこの夜、確かに授けられた。
思いがけない、クリスマスプレゼントをいただいたなぁと思えた。
娘の期待に応えて、スーパーマーケットに立ち寄り、ほとんど売り切れてしまったショーケースの中から、残っていたクリスマスケーキをひとつ選び、家族でささやかに祝った。
ありがたい気持ちに満たされた、仏像工房のクリスマスイブである。
Merry Christmas !!


